ヒミツの恋をはじめよう
 物心ついた頃から、俺は大勢で一緒に騒ぐというよりも、落ち着いた空間で一人ゆっくり過ごす時間が好きであった。
 見た目から女性関係も多いと思われがちだが、今まで付き合った女性は片手で数えられる程度。
 学生時代は人目に晒されないように生活することもできたが、社会人ともなればそんな我儘を言っていられない。誰にでも当り障りなく笑顔で対応すれば、たいていのことは許されるので、この容姿を与えてくれた両親には感謝している。
 告白してくる相手は外見を好きだと言うばかりで、俺の内面を好きになってくれる女性はほとんどいなかった。
 交際に至る前、相手の女性には二人でいる時間も大切だが「一人でいる時間も大切にしている」と明確に伝えてきた。ところが、俺の主張を付き合い始めは肯定していた彼女も、時間経過とともに感覚が合わないと言い出し、最終的には「一緒にいてもつまらない」と嘆かれ、相手から別れを告げられる。それの繰り返し。
 何度も同じことが起きると“恋人は不要”だという考えに辿り着き、女性から告白されても嬉しいとさえ感じなくなった。
 角が立たないように相手の告白を断ったとしても、別の女性から好意を寄せられ埒が明かなくなった俺は、“自分が告白した相手以外とは付き合わない”と嘘を宣言し、告白さえもされないように仕向けた。
 最後の恋人と別れてから早数年。もう恋なんてしないと思っていたのに、彼女に出会った瞬間、その考えが覆された。
 見た目が綺麗な女性はいくらでも見てきたが、彼女は今まで出会った女性の中でも一際輝いて見えた。
 今まで外見だけで判断されるのを嫌っていたにも関わらず、まさかこの年齢で自分が誰かに“一目惚れ”するなんて、自分でさえも信じられない。
 だからといって、彼女の名前を聞いただけで「告白する」などといった大それたことをするつもりはないし、告白したところであんなに綺麗な女性が独り身でいるはずもない。
そんなのは分かりきっている。
 だからこそ、せめて彼女という存在を俺の中に刻む為に、彼女の名前が知りたかった。

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