時の止まった世界で君は
「瀬川先生」
「はい」
手術前、手術準備室で手を洗っていると、突然看護師さんに声をかけられた。
「すいません、なつみちゃんが……」
聞くと、なつは手術室前まで来たはいいものの、入るところで足がすくんで動けなくなってしまったらしい。
「わかりました、すぐ行きます。」
そう返事をして、急いで手を流す。
やっぱり怖かったのかな…
そう思いつつ駆け足で手術室前へ向かうと、そこには看護師さんと手を繋いだまま俯いて立っているなつがいた。
「なつ」
そう声をかけると、なつはビクッと驚いて顔を上げる。
「どうした、怖くなっちゃった?」
そう聞くと、なつはだんまりでそのまま下を向いてしまう。
「もしかして、具合悪い?」
そう聞くとフルフルと頭を横に振る。
やっぱり原因は恐怖心みたいだ。
「なつ、先生となら一緒に行ける?」
そう聞くと、なつは顔を上げて俺を不安気な表情で見つめる。
何かな、と思いつつ待っていると、なつは小さな声で
「だっこして」
と言った。
「抱っこでだったら、行けそう?」
そう聞くと、なつは小さく頷く。
「うん、わかった。じゃあ抱っこで行こうね。」
手を広げた軽いなつを抱き上げる。
なつは俺にギュッと抱きつくとそのまま顔を俺の肩に埋めた。
「よしよし、手術室前までこれて偉かったね。ごめんな、手術室ってなんか怖いよな。でも大丈夫だからね。」
そう声をかけつつ、背中を撫でながら手術室へ入る。
手術室には既に看護師さんと麻酔科の先生が待機している。
「よし、じゃあベッドに降ろすよ。」
ひどく不安気な表情のなつは今にも泣き出しそうだ。
「なつみちゃん久しぶり、先生のこと覚えてるかな?」
麻酔科の先生は何度かなつの担当になった事があるらしい、親しげな様子だ。
これなら先生に任せても大丈夫かな、と準備に戻ろうとするとグイッとスクラブの裾を引かれた。
見ると涙目のなつ。
「……いっしょにいて…」
「…わかったよ、なつが寝るまで一緒にいような。」
そうとう不安らしい。
麻酔科の先生が説明をしている間も、なつの表情はどんどん強ばっていく。
「じゃあ、これからベッドに寝っ転がって準備するよ。心臓の音とか聞く機械つけるけど、痛くないからね。」
そう言われても、なつは固まったまま。
「…なつ、大丈夫だよ。まずは寝っ転がるだけ。」
そう声をかけると、なつはしぶしぶベッドに横になる。
「うん、偉いね。じゃあ次はさっきいってた機械つけるよ。ちょっとひんやりするけどごめんね。」
心電図などのモニター類がつけられ、着々と準備は進む。
「じゃあ、最後は眠くなるお薬入れるだけだよ。マスクでスーハーする練習してみようか。」
そう言われた途端、なつは露骨に嫌そうな顔をする。
「大丈夫だよ、まだ練習。」
麻酔科の先生に言われたように深呼吸をするなつだけど、目にはジワジワと涙が浮かんできている。
そっと手を握ってやると、震えた手でキュッと握り返された。
「じゃあ練習おわり。次本番行くけど大丈夫?少し落ち着くまで待とうか。」
少し息が荒くなりつつあるなつの肩をゆっくり撫でる。
「大丈夫だよ、大丈夫。起きたら全部終わってるからね。宏樹先生も待ってるよ。」
そう声をかけるとなつは小さく頷いた。
なつの呼吸が整ってきたタイミングで麻酔科の先生が再び声をかける。
「じゃあ、もうそろそろ本番行こうか。先生が10数えるからね。そしたらだんだん眠くなるよ。起きたら全部終わっちゃうからね、最後これだけ頑張ろうね。」
なつの不安気な瞳が俺を見つめる。
「大丈夫だよ、そばに居るからね。」
頑張れ、という気持ちも込めつつもう一度震えているなつの手を握り直した。
「10ー、9ー、8ー、7ー、……」
ゆっくりカウントダウンされていく間もなつは俺を見つめていた。
「頑張ろうな。」
そう俺がそっとつぶやく頃には、なつはもう目をつぶってしまっていた。
「はい」
手術前、手術準備室で手を洗っていると、突然看護師さんに声をかけられた。
「すいません、なつみちゃんが……」
聞くと、なつは手術室前まで来たはいいものの、入るところで足がすくんで動けなくなってしまったらしい。
「わかりました、すぐ行きます。」
そう返事をして、急いで手を流す。
やっぱり怖かったのかな…
そう思いつつ駆け足で手術室前へ向かうと、そこには看護師さんと手を繋いだまま俯いて立っているなつがいた。
「なつ」
そう声をかけると、なつはビクッと驚いて顔を上げる。
「どうした、怖くなっちゃった?」
そう聞くと、なつはだんまりでそのまま下を向いてしまう。
「もしかして、具合悪い?」
そう聞くとフルフルと頭を横に振る。
やっぱり原因は恐怖心みたいだ。
「なつ、先生となら一緒に行ける?」
そう聞くと、なつは顔を上げて俺を不安気な表情で見つめる。
何かな、と思いつつ待っていると、なつは小さな声で
「だっこして」
と言った。
「抱っこでだったら、行けそう?」
そう聞くと、なつは小さく頷く。
「うん、わかった。じゃあ抱っこで行こうね。」
手を広げた軽いなつを抱き上げる。
なつは俺にギュッと抱きつくとそのまま顔を俺の肩に埋めた。
「よしよし、手術室前までこれて偉かったね。ごめんな、手術室ってなんか怖いよな。でも大丈夫だからね。」
そう声をかけつつ、背中を撫でながら手術室へ入る。
手術室には既に看護師さんと麻酔科の先生が待機している。
「よし、じゃあベッドに降ろすよ。」
ひどく不安気な表情のなつは今にも泣き出しそうだ。
「なつみちゃん久しぶり、先生のこと覚えてるかな?」
麻酔科の先生は何度かなつの担当になった事があるらしい、親しげな様子だ。
これなら先生に任せても大丈夫かな、と準備に戻ろうとするとグイッとスクラブの裾を引かれた。
見ると涙目のなつ。
「……いっしょにいて…」
「…わかったよ、なつが寝るまで一緒にいような。」
そうとう不安らしい。
麻酔科の先生が説明をしている間も、なつの表情はどんどん強ばっていく。
「じゃあ、これからベッドに寝っ転がって準備するよ。心臓の音とか聞く機械つけるけど、痛くないからね。」
そう言われても、なつは固まったまま。
「…なつ、大丈夫だよ。まずは寝っ転がるだけ。」
そう声をかけると、なつはしぶしぶベッドに横になる。
「うん、偉いね。じゃあ次はさっきいってた機械つけるよ。ちょっとひんやりするけどごめんね。」
心電図などのモニター類がつけられ、着々と準備は進む。
「じゃあ、最後は眠くなるお薬入れるだけだよ。マスクでスーハーする練習してみようか。」
そう言われた途端、なつは露骨に嫌そうな顔をする。
「大丈夫だよ、まだ練習。」
麻酔科の先生に言われたように深呼吸をするなつだけど、目にはジワジワと涙が浮かんできている。
そっと手を握ってやると、震えた手でキュッと握り返された。
「じゃあ練習おわり。次本番行くけど大丈夫?少し落ち着くまで待とうか。」
少し息が荒くなりつつあるなつの肩をゆっくり撫でる。
「大丈夫だよ、大丈夫。起きたら全部終わってるからね。宏樹先生も待ってるよ。」
そう声をかけるとなつは小さく頷いた。
なつの呼吸が整ってきたタイミングで麻酔科の先生が再び声をかける。
「じゃあ、もうそろそろ本番行こうか。先生が10数えるからね。そしたらだんだん眠くなるよ。起きたら全部終わっちゃうからね、最後これだけ頑張ろうね。」
なつの不安気な瞳が俺を見つめる。
「大丈夫だよ、そばに居るからね。」
頑張れ、という気持ちも込めつつもう一度震えているなつの手を握り直した。
「10ー、9ー、8ー、7ー、……」
ゆっくりカウントダウンされていく間もなつは俺を見つめていた。
「頑張ろうな。」
そう俺がそっとつぶやく頃には、なつはもう目をつぶってしまっていた。