時の止まった世界で君は

星翔side

「うわあ!!」

目を輝かせて周りを見渡すなつ。

その楽しげな表情に、なつの横で手を繋ぐ染谷先生も表情を緩めていた。

「おさかなさんいっぱい!!すごいすごい!!うふふ!」

「よかったな。でも、まだまだ先は長いよ。ここだけじゃなくて先も行ってみよう?」

「うん!!」

エントランスから入って最初の水槽に既に釘付けになっていたなつを染谷先生がリードする。

次の水槽までの通路にも、客を楽しませる仕掛けや、ためになるような小話が壁に書かれていて、なつだけじゃなくて、俺ら大人たちまで夢中になってしまう。

「あ!!かめ!!!」

次の水槽の中を泳ぐウミガメを見つけ、なつは興奮から走り出しそうになる。

「なーつ、お約束は?」

「あ!わすれてた!」

すぐさま染谷先生が静止をかけ、なつも思い出したようでそわそわした様子でゆっくりの歩調に戻す。

こうやって後ろから2人を見ていると、何だか本当の親子のように見えた。

水族館を心から楽しみはしゃぐなつと、時に注意をしつつも、なつの浮かれた表情を誰よりも嬉しそうに、幸せそうに見つめる染谷先生。

むしろ、他人であることの方が信じられないくらい、傍から見ても2人の関係性は深いことが見て取れた。

そんな空間にいると、俺まで2人の空気にあてられて幸せな気持ちになってくる。

いや、それだけじゃない

なつの主治医になって、先生から担当を引き継いで、最初は物凄く不安だった。

ちゃんと正しい対応をできているか、病気と向き合いつつ、なつの心にまで配慮をできているか……

この前の手術だって、本当に緊張した。

難易度もそれほど高くないし、短時間で終わる手術だとわかっていても…この手にかける、責任を預かる重みがいつもより、もっと身に染みて感じて、息が詰まった。

だからこそ、今日のこの光景を見ることが出来て本当に喜ばしい気持ちだった。

なつが一時的とはいえ、元気でいてくれて、今後も治療を続けて回復したらまたこの光景が見られるのかな、と思うと一層頑張ろうと思えた。
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