花屋敷の主人は蛍に恋をする





 「楽しみにしていますね」
 「はい!頑張ります。……私の刺繍のグッツを買ってくれる男の人は意外にも多いんです。もちろん、恋人や家族にプレゼントとして選んでくれる方もいます。それと………樹さんはよく知っていると思いますが、花枯病(はなかれびょう)と方が買ってくれる事があるんです」
 「………花枯病………ですか」


 その言葉を口にした樹から、いつもの笑みは消えていた。
 やはり彼はその病気の事を知っているようだった。どちらかと言うと医者の方が詳しいはずだが、植物学としても調べている人がいると聞いたことがあったのだ。


 「花に嫌われた病気、ですね」

 
 彼はそう悲しげに言って、あまり飲んでいなかったシャンパンに手を伸ばした。


 花枯病。

 その病気にかかった人は、花や植物に触れると、その植物がすぐに枯れてしまう。そんな不思議な病気だった。人間はもちろん、動物に触れても何も起こらない。草や花など植物と呼ばれる生き物だけが枯れてしまうのだ。
 そのためその病気を発症した人たちは、手袋をして生活する事が多いと聞いた。もちろん、指先だけではなく肌に触れると枯れてしまう。そのため、生活には不自由していると聞く。そして……何故か若くして亡くなる事が多い。
 そんな難病だった。



 「花に触れられない人たちが触れてみたいと思う花の刺繍なのですね」


 そう言った樹の顔は、泣きそうに見えた。とても辛く苦しそうな、そんな苦痛を隠して微笑む表情だった。



 
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