花屋敷の主人は蛍に恋をする



 「まだ、お話し出来ないのです」
 「………まだって事はいつかは話してくれるつもりだった?」
 「もちろんです。………ですが、今は出来ません。あなたを悲しませるだけだ」
 「………私が悲しむ………?」


 樹のその言葉は菊那にとって不思議なものだった。
 どうして花屋敷の事が菊那を悲しませるのか。それがわからなかった。
 
 …………もしかするの、わかりたくなかったのかもしれない。


 「すみません。菊那さん。あなたの悩みを解決する手助けが出来ないようです」
 「…………いえ。いつか話してくれるなら、待っていますね」


 菊那は必死に笑顔でそう返事をしたが、その時はしっかりと笑えていたのだろうか、と不安になってしまった。








 その日から数日が経った。


 「ただいま…………」


 誰もいない部屋に帰り、力なく挨拶をする。もちろん、真っ暗な部屋からは返事など返ってこない。
 菊那はため息をつきながら、ベットに倒れ込んだ。最近、やけに疲れてしまう。
 ダブルワークの疲れもあるが、やはり考え込んでしまうのが1番の原因だと思った。

 あれから、樹とは会っていない。
 連絡は取り合っているが、会うのはどことなく気まずいのだ。樹は屋敷に誘ってくれるが、菊那は「注文が多くなって忙しい」と理由をつけて断っていた。
 きっと彼もなんとなく察しているはずだが、何も言ってはこない。


< 133 / 179 >

この作品をシェア

pagetop