花屋敷の主人は蛍に恋をする




 その声は、チョコレートコスモスを返して欲しいと頼んだ時よりも比べ物にならないほど優しいがある口調だった。
 それを聞いて、紋芽も安心したのが、小さく息を吐くとゆっくりと話を始めた。




 「僕の母さんは昔から体が弱くて寝ている事が多かったんだ。疲れるとよく家でも横になっていた。それでも病院に行くほどじゃなかったんな。それなのに……最近入院したんだ。父さんが働いている病院だから、父さんも『すぐに治してみせるさ』って言ってたけど……なかなか帰ってこないんだ」



 紋芽が花をあげたい女性は確かに好きな女の人だった。けれど、それは小さい紋芽にとって誰よりも大切な家族だった。
 そして、彼の身なりや仕草が上品なのは紋芽が医者に息子だからだとわかった。きっと両親がしっかりとした人達なのだろう。口調も落ち着いており、まるで大人と話しているようだと菊那は思った。



 「そう。お母さんが………心配ね」
 「うん。……母さんはチョコレートが大好きだったんだ。けれど、今はチョコレートを買ってきても食べられないんだ。その時に学校の図書館でたまたまチョコレートの名前がついた茶色の花を見つけたんだ。もし母さんが目をさました時にチョコレート色の花があったら喜んでくれる。元気になってくれんじゃないか、そう思ったんです」
 「だから、チョコレートコスモスを探していたのね」
 「はい。チョコレートコスモスは5月に花咲くものだと書いてありました。近くの花屋さんにも売っている所はなくて。そこで、青燕ノ谷の噂話を思い付いたんです。花屋敷の庭には季節関係なく花が咲いている、という話を」
 「…………」



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