花屋敷の主人は蛍に恋をする



 「……けど、あの紳士な樹さんがお付き合いもしてない人に手を出すなんてないだろうし………。で、でも樹さんだって男の人だけど。もしそうだとしても、樹さんならちゃんと段階を踏んでくれるだろうし……え、樹さんって……私の事どう思ってるんだろう?」


 おろおろとしながら、不安定な思考回路のままいろいろな事を考えてしまうが、結局、菊那は樹の事などわからないのだ。
 名前と職業、花屋敷の主人であるという事と、花の名前に憧れる、花にも紅茶にも詳しい紳士。そんな事しか知らないのだ。
 その事実を思い出した途端に、上がっていた熱が急激に下がっていくのを感じた。



 「………何、期待してるんだろう。それに私の目的は日葵くんの向日葵なのに………最低だな」


 向日葵を咲かせるために頑張ってくれている樹にも、そして種をプレゼントしてくれた日葵にも失礼だと思い、菊那は一人ため息をついた。


 「………明日の準備を急いでして、向日葵の事確認しようっ!」


 頬を両手でパンパンッと叩き、気合いを入れた後に菊那は勢いよく立ち上がった。

 樹の事を考えるのはやめよう。
 今は、向日葵の種を咲かせる事を考えるのだ。ずっとずっと悩んできた事。
 もし咲かせることが出来たら、日葵がどこに眠っているのかを探して、育てた日葵の持って挨拶に行くのだ。
 そして、「助けられなくて、ごめんね」と伝えたかった。


 菊那は明日無事に向日葵の種のいい話が出来ますよう。芽が出ますように。
 そう祈りながら、夜を過ごしたのだった。





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