花屋敷の主人は蛍に恋をする




 「あーー!樹さん、もう帰っちゃうの?!陽菜と遊んでないのにー!」



 出会った時と同じように、勢いよく玄関の扉を開けて出てきたのは、もちろん陽菜だった。お昼寝が終わり起きたのだろう。その後ろからは恵も姿を見せてくれる。

 笑顔で陽菜を出迎えた樹は、彼女の頭を優しく撫でてあげていた。


 「また遊びに来ます」

 
 陽菜はまだ遊んでほしかったようで、陽樹に甘えるように抱っこをせがんでいた。まだ4歳の女の子だというから、しっかりしているなと驚いたが、そういう大人に甘える所は子どもらしいな、と菊那は思い微笑ましく見つめていた。


 「陽菜は史陀さんが大好きなんだ。かっこいいからって言ってて……将来が心配だよ」
 「ふふふ。女の子らしいね」
 「…………菊那、少しいいか………?」
 「うん?」


 日葵はちらりと樹を見た後、日葵達と距離をとった。何か話があるのだと菊那はわかった。


 「どうしたの?樹さんの事?」
 「あぁ……僕は史陀さんを尊敬してるよ。無名だった俺の絵を好きになってくれたんだ。本当は1度絵を描くのを止めようとした事があったんだ。そしたら、「勿体無いです」って、俺の絵を何点か纏めて買ってくれたんだ。そして、そのお金で「都内で個展をひらいてみてください」ってね。半信半疑だったけど、その個展は大成功したんだ。だから、俺にとっては恩人なんだ」
 「そうなんだ………日葵くんの絵はとっても素敵だから。描き続けてほしいな。私もいつかお金を貯めて買いに来るね」
 「菊那にならプレゼントするさ」
 「いいの。買いたいの」
 「じゃあ、刺繍のものとの交換は?」
 「あ、それいいね」


 2人はクスクスと笑いながら、そんな約束を交わした。昨日までの菊那は、こうやって日葵とまた話せる日がくるなど想像もしていなかった。お互いの作品を見せ合って楽しめるなんて、なんて幸せなのだろう。学生の頃に出来なかった事を、今からやれるのも素敵だな、と思った。



< 90 / 179 >

この作品をシェア

pagetop