きみがため
だけど、浦部さんには、俺の声など届いていないようだった。

前の席に座っている男性客が振り返るほど、大きめの声で俺に食ってかかってくる。

スッと、胸に冷気が入り込むような心地がした。

浦部さんは、何も知らない。

俺が、これまでどんな想いで生きてきたか。

どれだけ、特別な、ただひとつの、彼女の笑顔を追い求めてきたか。

それは恋だとか、付き合いたいとか、そういった世界の話じゃない。

彼女だけ。

ただ、それだけのことなんだ。

「どこがいいとか、そういうんじゃないんだ」

気づけば、積もり積もった想いを吐き出すように、そう呟いていた。

すると浦部さんは、何かが癇に障ったのか、真っ赤になってガタンッと立ち上がる。

そしそのまま、大股に店を出て行った。

店にいる客が、俺の方を見てヒソヒソと何やら言い合っている。

「小瀬川くん、モテモテだね~」

いつの間にか近くに寄ってきた店長が、耳元で、茶化すような言い方をした。

今更のように顔が熱くなったけど、もうすべてがあとのまつりだ。

悶々とする気持ちを振り払うように、仕事に熱中する。

――『あと、それから、私、就職じゃなくて進学することにしたの』

ふと、彼女の声が耳によみがえった。

途端に、心の緊張が解けたように、和やかな気持ちになる。

彼女のエッセイを応募したのは俺だ。

このことは一生知らせるつもりはないけれど。

君が前を向いてくれれば、それでいい。

僕は君のために、光となり陰になって、君の未来を明るく照らすから。
< 151 / 194 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop