完璧な彼が初恋の彼女を手に入れる5つの条件

 今回の打ち合わせはそのまま終了となった。

 ふたりはビルの地下の駐車場に止めてあった社有車に乗り込む。

「……余計な事、したか?」

 助手席に座り、ドアを閉めると運転席の陽真が言う。

「え?」

「資料を確認した時からなんとなく思ってたんだ。あの窓辺のスペース、違う使い方もありなんじゃないかって。今日現場見て確信して、提案したけど……あれって、君のこだわりだったんだろ?」

 陽真はほぼ決まっていたレイアウトを急に変える提案をしたことを気にしたらしい。

「何でよ」

 桜衣は少しバツが悪そうな陽真を横目で睨む。

「先方にとってベストな提案をするのって、当然の事でしょ。私が考えた物より、結城が考えた方がどう考えても良かった。私にはあの発想はなかったから、すごいと思う」

 正直な気持ちだ。たしかに窓辺のスペースで足を投げ出して寛げるというのは桜衣のこだわりでもあったが実際、陽真の案を聞いてしまうと明らかにそちらの方がベストだった。
 女性としてあの発想が出来なかったのが悔しくはあるけれど、あのプランをすぐに作り上げてしまう彼が純粋にすごいと思う。

「まぁ、そりゃ悔しいけどね。でも、私の力が足りないだけ。もっと頑張らなきゃって思った――」

 陽真と一緒に仕事をするようになって、桜衣はとても刺激を受けている。
 資格もキャリアの差もあり過ぎるほどある。それでも少しでも彼のような仕事が出来るように
なりたいと思っている。

「そう思わせてくれて、ありがとね」

 桜衣は陽真を見て素直に言う。自然と笑顔になる。
 
 すると、彼は息を飲み込んだような顔をする。そして目を瞬かせた後溜息交じりに言う。

「……まったく、君って」

「え?」

「急に素直になったりして、堪らないんだけど」

 陽真は少し眉間に皺を寄せて何かを耐えるような顔をした後体ごとこちらに向け、桜衣の顔をじっと見つめてくる。
 急に車内の雰囲気が変わりその瞳が熱を帯びていると感じるのは気のせいだろうか。

「桜衣」

「えっと、ほ、ほら、そろそろ戻ろうよ。見積作り直さなきゃいけないし、時間ないから」

 桜衣は慌ててシートベルトを引き出してカチャリと嵌める。
 バックルから視線を戻すと身を乗り出した陽真の整った顔が目の前にあり、息を飲む。

「……っ」

「なぁ、桜衣。俺の事、仕事が出来る男だって認めてくれた?」

 片手を桜衣の肩に乗せながら言う。

「ゆ、結城、顔近い……」

 突然何を言い出すのだろう。

「この3週間俺は君に認められようと色々な事を我慢して仕事に打ち込んできたんだけど」

「が、我慢って?」

「桜衣にこうやって迫ったり触ったりすること」

 肩に乗せられた手に引き寄せられてる。桜衣はもう言葉も出なくなってフリーズしてしまう。

「俺の仕事ぶり、認めてくれた?」
 
 さらに返事を求められる。
 なぜそれに拘るのだろう?とにかくこの状況を脱するには答えるしかない気がする。

「……認めてるわよ。結城が仕事が出来るなんて、すぐに分かっ……」
 
 陽真のその熱を帯びた瞳に魅入られ、最後まで言う事が出来ない。

 固まる桜衣のうなじに手が回り彼の顔がゆっくり近づいてくる。
 
 閉じられた目を見て『あ、やっぱり睫毛が長いんだな』と改めて思ったところで、自分の状況にハッと気が付く。

「ちょっ!結城!」

何とか顔をよけて彼の胸を両手で押す。

「おっと、残念」
 
 彼は意外にアッサリと体を離してくれた……と思ったのに、離れ際にすばやく桜衣の頬に柔らかく唇を押し当てていったではないか。

「――さっき言ったの撤回しようかしら。仕事が出来る男は仕事中にこんな事しないわ」

 本当は膝の上の鞄で叩いてやりたいくらい動揺しているのだが、なんだかそれをするのは大人の女では無い気がして、彼から目を逸らし少しでも平静を装う。
……が、顔が赤くなっている気がする。

「じゃあ、仕事中じゃなかったらしてもいいし、もっと色んな事もしても良いって事?」

「……本気で怒るわよ」

「ま、ともかく最初の条件はクリアかな」

「え?」

 陽真は笑顔でスッと人差し指を立てる

「結婚相手に求める条件その1『仕事が出来る人』」

 思いがけない言葉に桜衣の方がスッと色を無くす。

 再会日以来そんな話が一切出なかったの気にしなくなっていた『条件』の事も『ゲーム』の事も。

「え……それ、私言ったの?」

「あぁ、言った。良かった、仕事が出来るって認めて貰えて。社長になれとか言われたら全力で昇進しなきゃならないし」

 ――何を言ってるんだ、この男は。そんな事出来るわけ……いや、彼なら本気を出せば……いやいや、それよりも!

「その1って事はまだ他にも……」

「いくつあると思う?」

「……覚えておりません。あのさ、やっぱり中学生の時の話を今されても」

 中2でで同級生の男子に理想の結婚相手を語ったなどという過去は、桜衣にとっては恥ずかしすぎて無意識に記憶から抹消したらしく、具体的な内容は覚えていないのだ。

「全部で5つ」

 陽真は有無を言わせない。

「うわ、5つも?てことはあと4つ……」

 桜衣は握った拳を額に当てて俯く。

「結城、その記憶、今すぐ全消去して欲しい」

「あぁそうだな。今すぐ俺との結婚承諾してくれるなら忘れられるけど」

「……」

 にっこり笑う陽真は心底楽しそうに見える。
 
 彼は項垂れる桜衣を尻目にシートベルトを締め、ゆっくりと車を発進させた。



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