完璧な彼が初恋の彼女を手に入れる5つの条件

 桜衣は腑に落ちると同時に寂しさを感じた。

 史緒里が言うように、彼は自分の事を信用してくれていなかったのだ。

 仕事に支障をきたすとか思われたのだろうか。
 別に彼が桜衣に言う義務など無いので責める資格なんて無い。

――でも

「結城が御社に行くかどうかは彼自身が決める事ですし、そうなったら彼の口から説明があると思いますのでそれを待ちたいと思います――一緒に仕事をしてきたパートナーとして彼を信用していますから」

 少なくとも仕事の面で彼がその辺のけじめをつけない事は無いと信頼している。

「――じゃまなのよ、あなたが」

 史緒里の口調を乱暴なものに変わる。

「……どういうことですか?」

「陽くんに近づかないで欲しいのよ――あなた、父親も誰だかわからないですってね。しかも母親は男をとっかえひっかえしていたって。あなた自身も、いかにも仕事頑張ってますってフリしてるけど、男が好みそうなタイプよね。何も陽くんじゃ無くてもいいじゃない」

「なにを……」

――どうやら史緒里は桜衣の事を調べていたようだ。たしかに、出自や母の事は金を掛けて少し調べればわかる。

「彼には私と結婚して、将来はウチの会社の後継になって欲しいの。そう父も望んでる。彼ほどの能力があって完璧な人間はそうすべきなのよ」

 彼女の本当の目的はコレか。牽制どころの話じゃない。

――気分が悪い。

 激高しそうなタイミングで、桜衣の心は逆にひんやりと落ち着いていく。

 桜衣は史緒里の美しい顔を改めて眺める。
 自分は何も間違ったことを言っていないという表情だ。

 家族にも金銭的にも恵まれて、大事に育てられて、きっと欲しいものは手に入れて来たんだろう。

(お嬢様はお嬢様なりの苦労はあるかもしれないけど、私にはわからない)

 彼女が私の事をわからないように。

「結城があなたと結婚しようと、彼が望む事なら良いと思います。でも、私の今までやってきた事をを否定するのはやめて頂けませんか」

 桜衣は史緒里を正面から見据えて淡々という。

「な…っ」

「両親の事は残念な事に事実ですが、私自身には関係ない事ですし、私は恥じる事が無いようキチンと生きて来たつもりです。あと、これだけは言っておきます。仕事を頑張ってるフリはしていません。頑張っているんです」

 生まれた時には父親は居なかったし、母親には苦労させられた。その母とも早くに死別して叔父夫婦にサポートされながらも、自立しようと甘えることなく生きて来た。
 
 それの何がいけないのだろう。
 
 でも、以前の自分ならここまではっきり言い返せなかったかもしれない。

『これまでの経験が今の桜衣を作ってるんだとしたら、君が生きて来た道は、間違ってない』

 陽真のあの言葉が、いつの間にか心の中に入り込んで成長し、自分を支えてくれている。
 
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