完璧な彼が初恋の彼女を手に入れる5つの条件
大事な人
 
土曜の朝、桜衣は家を出て東京駅に向かった。

 昨日は丸一日休みをもらい、家でのんびり出来たので、体調は全回復だ。
 やはり休息は大事だと身に染みた。
 
『元気になり過ぎて持て余してるから、明日はちょっと日帰りで子供の頃住んでた所に出かけようと思ってるんだよね』
 と、心配して電話をくれた未来に言った位だ。

 新幹線に乗り、目的地に向かう。
 
 日帰りとは言え、こうしてのんびりと遠出するのは随分と久しぶりだ。
 車窓に富士山を望み、電車に乗り込む前に買ったペットボトルのジャスミン茶を飲みながら、昨日のコンペはどうだったかなと考える。
 
 まあ、採用されるかはクライアントの検討待ちで、その場で結果が出る事では無いし、どうせ陽真には明日会うのだ。コンペの手ごたえは直接本人に聞いてみよう。
 
 本当は彼には今日会いたいと言われていたのだが、コンペ直後なので一日ゆっくり休んだらいいと言って明日にしてもらっていた。
 
 彼に会う前にどうしても来たかった場所向かう。
 
 新幹線から在来線に乗り換えると次第に景色がのどかになっていく。
 目的地のさほど大きくない駅で降り、改札を出る。

 桜衣は13年ぶりに中学の2年間を過ごした街に降り立った。

 陽真と出会った場所。

 色々な思い出でと共に心に封じ込めていた。これまで訪れようと思わなかったのだが、今、無性に来てみたくなったのだ。
 明日彼に会う前に、ここで自分の気持ちを整理したかった。

 桜衣は昔の記憶を頼りに住んでいた家の近くを歩いた。
 
 商店だった場所がマンションになっていたり、新しくコンビニが出来ていたりする。
 逆に昔からあった公園はそのままだったり、旧家の倉がある家屋が残っていた。

 変わった所もある、変わらない所も。

 家族で住んできたマンションは賃貸だったのでもう義父は居ないだろう。
 自分たちが出て行ったらすぐに引っ越す予定だと言ってたし。

 桜衣の足は中学校へ向かった。
 
(――懐かしい……!)
 
 桜衣は思わず早足で駆け寄り、ネットフェンス越しに校舎と校庭を見渡す。

 土曜日の午後だからか殆ど人影は無いが桜衣が通っていた時とほとんど変わっていない。
 
 女子生徒が陽真の剣道着姿目当てに押し寄せていた武道場もちゃんと残っている。
 あの2階の窓あたりが生徒会室だっただろうか。
 
 そしてこの校庭で一生懸命ハードルの練習をしたっけ。それこそスポーツ貧血になるくらい。
 意識が中学時代にタイムスリップしたような感覚になる。

「――一緒に、卒業したかった、な」

 あのまま、母が離婚することがなかったら、どうなっていたのだろうか。
 平和な生活が続いていたのだろうか、友達と離れる事もなかったのだろうか、陽真と一緒の高校に行けたのだろうか。
――母は死なずに済んだのだろうか。
 
 考えた事は幾度となくある。

 でも、ここで暮らした日々があったから陽真と出会えた。
 13年の時を経て再会し、彼の事を好きになれた。
 
 自分にとって奇跡のような事ではないのか。
 
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