完璧な彼が初恋の彼女を手に入れる5つの条件

 緩んでいた桜衣の顔が固まる。
 
 確かに再会初日から始まり、何度か言われていた、名前で呼んで欲しいと。

「……なんか改めてって思うと構えちゃて言いづらくて」

 こういう関係になったのなら、今こそ名前で呼べばいいのだと思うけど、何だろう……この気恥ずかしさ。
 
「俺たち、もう婚約者だろ?それに、昨日ベッドではあんなに何度も『陽真』って呼んでくれたじゃないか」

「……!」

 言い――ましたね。
 
 昨夜は彼の腕の中で『ね、さえ……陽真って呼んで?』という蕩けるような甘い声に催促されるまま、彼の名前を呼んでいた……と思う。
 
 昨夜の色んな事が詳細に思い出されて来て、桜衣は内心羞恥に悶える。

「なんなら、思い出すために、もう一回イチャイチャする?」

 後ろからお腹に回されていた手がトレーナーを捲るように怪しい動きを始める。

「……いい大人がイチャイチャなんて言葉使わないで。今日は東京に帰らなきゃいけないでしょ。そんな事している時間ないから」

 どうやら、自分は恥ずかしさを誤魔化したくなるとこういうそっけない言葉を発してしまうようだ。
 
 ふたりで迎えた初めての朝だと言うのに自然と出てしまう可愛げの無いセリフに、自分でもがっかりする。

 本当は普段から名前で呼びたいのだ。

 彼の名前は漢字も響きも陽の光のように暖かくて彼自身を良く表していて好きだから。

 後ろに立つ陽真は「そうかなぁ」など残念そうにしているが桜衣の態度を気にしているようでは無い。
 
「……」

 桜衣は少し頭を巡らせた後、身体をくるりと陽真に向けると、彼を見上げて言う。

「……朝ごはん食べよ。陽真、お腹空いてるでしょ」

 ――少し照れてしまったが、思ったよりすんなりと言えた。

 今更だったのかもしれない。

 これで満足だろう思い、彼の腕から抜け出そうとしたのだが、腰に回った腕は解けるどころか正面からガッシリと拘束を強めた。

「え……?」

「あー、無理だなこれは。やっぱりしたい」

「し、したいって」

 何という事言い出すのだ……ストレートな言葉に焦って見上げると彼の目元が赤い。

「桜衣のせいだ」

(まさか、名前で呼んだから?)

 初めて素面?の状態で名前を呼んだことが彼の琴線に触れたらしい。

 陽真は桜衣を先ほどまでいたベッドまで戻しにかかる。

 昨日から、桜衣は陽真が誠実そうな見た目とは裏腹に、というか基本誠実だし真面目なのだが、こういう事には案外我慢が利かない男であることを実感し始めていた。

 陽真からすれば、それは桜衣限定だし、今まで手を出せなかった上に離れていた分箍が外れたのだから仕方がないと主張するのだろうが。

(まずい、このままでは冗談抜きで体力をガッツリ削られる……)

「ゆう……陽真、やっぱりさすがに朝からは」

 何とか脱出を試みる。

 すると彼は思い切り困ったような切ない顔をする。

「桜衣……ダメかな?」

「……」

 桜衣の表情を確かめた陽真は困った顔を一変させ嬉しそうに笑い、手始めに長身を屈ませ彼女の頬に優しいキスを落とした。

 婚約者となった大事な人と迎える初めての朝は、信じられないほど甘い時間となった。
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