微温的ストレイシープ


「だから。諦めず家に帰るために、」

「俺が聞いてんのは……生きることを諦めんのかってことだよ」



ぐさりと胸を刺された。

刺してきたのは、廉士さん。


なにで作られたナイフかは確認できない。



……血は、出なかった。





「榛名」


はじめて名前を呼ばれたけど、そのことに心を躍らせている余裕なんてなかった。

ただじっと廉士さんの目を見つめる。





「榛名、お前はどうしたい」


「……わたしは、」






迷える羊。


これをストレイシープと呼ぶことを、本で読んだことがあった。

どうでもいい知識だけは記憶に残っている。



柵の外へとつながる抜け道、牧場から逃げ出してしまった迷える羊は。


自分の足で、ふたたび牧場に帰ることなんてきっとできない。

そのうち、いなくなったことに気づいた人が探しに来るだろう。



じゃあ羊は、連れて帰られるまで待つしかないの?

それとも……






「いたぞ!あそこだ」


遠くから、悪魔のような声がした。


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