ウルルであなたとシャンパンを

自宅から空港、飛行機に乗って約10時間。

そこからバスに乗って、この知らない国の、初めて止まるホテルの部屋に来たというのに、この小さな画面はあっという間に、香耶を日本での生活に引き戻してしまった。

慣れ親しんだ道を辿るように動いた指が、あの人とのやり取りが積み重なったページを開く。

開いた画面の一番上には、お金を受け取って欲しい、とあり、一番下は、香耶が仕方なくお金を受け取った後に送られていたのだろう。

未読だったメッセージが表示されていた。

『受け取ってもらえてよかった。今まで、ありがとう』

ひどく自分勝手な一文を読んだ香耶の目から、表情が消える。

指を動かせば、積み重ねられた相手の言葉は、どれも心に響かず、何の重みもない。

言い訳に謝罪、懇願……見たくない言葉をまた遡って読んでしまうのは、怖いもの見たさというやつなんだろうか。

画面に並ぶ、あの人の呼びかけ、何度も交わした約束、心配するフリの優し気な言葉。

ウソでしかなかった、愛の言葉。

あの人と過ごした時を全て、私の記憶から削除できたらいいのに。


愛してる、の文字に落ちた水滴をそのままに、香耶はその履歴をページごと、全て削除した。


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