あたしの初恋~アイドルHinataの恋愛事情【5】~

18 高速ドライブ。

 
 諒クンの運転する車はETCゲートをくぐりぬけて、首都高速の流れに乗る。
 目指すはモチロン、あたしと諒クンの実家がある、大阪。
 
 あたし、結局メイクを直してないコトを思い出して、カバンからメイクポーチを取り出した。
 高速なら信号で止まることもないから、揺れて手元が間違っちゃう心配も少ないし。
 あたしがメイクを始めると、諒クンは運転しながら、時々呆れた顔であたしの方をチラチラと見てきた。
 
「…………おまえね、そういうことは家でやってこいよ」
「だって、家に帰る前だったし」
「は? ……って、おまえ、よく見たら昨日と同じ服やないか」
「そだよ」
「『そだよ』って……。昨日、盟くんに迎えに来てもらったんじゃ……」
「うん。あの後、すぐに来てもらったよ」
「えっ……まさか、朝まで盟くんと…………?」
「一緒にいたよ」
「い、一緒にって……どこで、何を……?」
「盟にぃがね、お茶してこって。24時間のファミレスで」
 
 ……で、いいんだよね。
 どう見てもファミレスじゃなかったけど。
 さっき、帰るときにも、盟にぃがそう言ってたし。
 実際、お茶してお話してただけだし。
 
 あたしが言うと、諒クンは安心したみたいに、大きくため息をついた。
 
「あぁ、なんだ……」
「え、何? もしかして、変な想像しちゃったとか?」
 
 あたしが聞くと、今度は『そんなことはない』といった感じで、フロントガラス越しに前方の様子を見つめる。
 
 ……ホントは想像しちゃってたクセに。
『見えた』んだからね、諒クンが一瞬、想像しちゃったコト。
 盟にぃはそんな人じゃないよっ。
 盟にぃのコト信用してないなんて、諒クンってばサイテーっ。
 
「この間、偶然会ったんやて?」
「うん、合コンで」
「……はぁ? 合コン?」
「汐音の友達に誘われてね。もう、30人くらい集まってて、すんごい盛り上がってたよ」
「へぇ……」
「ね、諒クン。盟にぃって、やさしいよね」
「ん? ……うん」
「合コンでもね、あたしが『諒クンの妹』ってコト、ちゃんと黙っててくれたよ」
「あぁ、そうだ。おまえ、いつまで隠しておくつもりなん?」
「え、何が?」
「……だから、俺の妹やってこと。もう、自分の力で盟くんにも会えたわけやし、そろそろ公表しても……」
「まだ早いよ。だって、目標はまだまだ先なんだもん」
「目標って?」
「盟にぃのお嫁さん」
 
 両手を胸の前で組んで言ったシュンカン、諒クンの運転する車が大きく揺れた。
 
「きゃぁぁっ、諒クンっ、はみ出してるっ! 半分はみ出してるよ、追い越し車線にっ!」
「おっ、おまえがアホなコト言うからやっ」
 
 無事、走行車線に戻った車は、気がつけば首都高速から東名高速道路へ。
 
「えーっ。あたし、中央道がよかった」
「うるさい。文句言うな」
「中央道の方が、山道でトンネルもいっぱいで楽しいのに。走りやすい東名選ぶなんて、諒クンも落ち着いちゃったね」
「ほっとけ。……って、おまえに高速道路の違いが分かるんか?」
「オフのとき、時々走ってるもん」
「は? ……免許は?」
「持ってるよ、モチロン」
「……嘘やろ?」
「あーあ、中央道だったら長野も通るのに。盟にぃの出身って長野でしょ?」
「行って、どうすんねん。本人不在やのに。それやったら、今の盟くんの家の近所を走らせてた方が、いくらかマシやろ」
「だって、盟にぃがどこに住んでるか知らないもん。あ、諒クン、知ってるんでしょ? 教えてよっ」
「駄目。教えない」
「ケチ」
 
 諒クンは黙ったまま、ヘッドライトを点けた。
 すぐに周りの景色が暗くなって、窓の外にオレンジの灯りが走ってく。
 
「ね、諒クン。あたしのコト、好き?」
「はぁ? なんやねん、突然」
「あたしのコト、好き?」
「そりゃぁ……嫌いやないけど」
「盟にぃがね、言ってたの。『奈々子のコト、好きだよ』って」
「へぇ……。おめでとう」
「おめでたくないよ。だって、それって、諒クンがあたしのコト好きなのと同じなんだもん」
「俺は『おまえのことが好きだ』と言った覚えはない」
「あたしは、諒クンのコト、好きだよ」
「……それは、どうも」
 
 トンネルの終わりが近づいて、抜けた先に大きな富士山。
 青空の中に見える富士山がすごくカッコイイ。
 
「ホントの目標はね、お嫁さんとか、そんなんじゃなくて。盟にぃに、『妹』じゃなくて、フツーに『オンナのコ』として見てもらうこと、だったんだけど」
「……『だけど』?」
「ん……。なんか、『妹』のままでもいいかな、なんて」
「言ってることが矛盾してる」
「ムジュン?」
「さっきと言ってることが違う。盟くんがおまえに言う『好き』が、俺の言う『好き』と同じなのは、嫌なんやろ?」
「そう……だけど」
 
 あたしも、よくわかんない。
 
 あたしの、『諒クンが好き』と『盟にぃが好き』は全然違うけど。
 諒クンと盟にぃの、『奈々子が好き』は、たぶんきっと、ほとんど同じで。
 昨日、盟にぃがあたしに会いに来てくれて、ずっとお話を聞いてくれてたのも、それはあたしが『カワイイ妹』だからで。
 
 もしも、あたしが諒クンの妹じゃなかったら。
 あたしが、盟にぃの『カワイイ妹』じゃなかったら。
 それでも、盟にぃは、朝までそばにいてくれてたのかな……。
 
 
 
 
 
 
 大阪に着いたあたしと諒クンを出迎えてくれたのは、モチロン、母さんだった。
 突然帰って来たあたしたちに、『簡単なモノなら作ってやる』なんて、少しメイワクそうに言っていた母さんだけど。
 まだ会社でお仕事中の父さんに、あたしたちが帰ってきたコトを電話するのが、二階(自分たちの部屋があるんだよっ)に上がる途中で聞こえてきた。
 
「『会社、早退してこい』って言ってる。ネツレツ大歓迎だねっ」
 
 あたしが言うと、自分の部屋のドアに手を掛けていた諒クンは苦笑って、
 
「家族全員がそろう機会なんて、滅多にないからな」
「そうだね。どれくらいブリ?」
「おまえが上京して以来、だから……5、6年振り」
「ねぇ、また一緒に帰って来ようよ」
「おまえが俺の妹だって公表できたらな……って、わ、わわっ!?」
 
 言いながらドアを開けて、部屋に入ろうとしてた諒クンは突然、慌てた。
 諒クンのもたつく足元に、何かがもぞもぞと動く……。
 
「な……なんや、トモか」
 
 にゃぁ。
 
「何で俺の部屋におったんや、おまえ」
 
 みゃぁ。
 
「諒クンのネコだからっしょ。ねー、トモ」
 
 あたしが抱きかかえて言うと、トモはゴキゲンな顔で、「にゃんっ」とお返事。
 
 トモは、中学で副番長だった諒クンが、まだこの家に住んでた頃に友だちからもらってきたコネコ。
 あ、モチロン、コネコだったのはもらってきたときで、いまは『おばあちゃん』なカンジ。
 白、黒、茶色のミケネコで、すごくおしゃべりが大好きなの。
 
「俺の猫って言ってもなぁ……。奈々子の方が付き合いは長いやろ?」
 
 にゃーにゃぅ。にゃにゃっ、みゃう。
 
「『諒クンが全然帰ってこないから、サミシイ』って言ってるよ」
「え、本当に?」
 
 みゃうみゃう、にゃにゃにゃぁ~。
 
「『トモも東京に連れてって~』だって」
「そうやなぁ……」
 
 諒クンは、あたしの腕の中でシアワセそうにしてるトモの背中を、優しくなでた。
 ネコ語がわかるトクギがあれば、トモとホントにお話できるのになぁ……。
 
 
 
 
 
 
 
 
「と、お、さんっ」
「……ん?」
「おいしい? カップラーメン」
「ん……うん。奈々子が作ってくれたんやから、おいしいよ」
 
 諒クンとあたしとで取り合うようにしてお好み焼きを食べ終わった頃に帰って来た父さん。
 母さんと諒クンが後片付けをしてる間、あたしは居間のコタツに両手でほおづえをついて、父さんのお食事を眺めながら、お話中。
 
「……でも、次は、できればインスタントラーメンくらい作れるようになっててくれへんかな。あの、袋に入ってるヤツ。キャベツ一枚と、あと……ハムとか、ちょっと切って乗っけるだけでも、随分違うよ」
「ん。そうだね。がんばってみる」
「慣れるまでは諒に見ててもらって」
「……はぁい」
 
 あたしが唇をとがらせて返事すると、カップに残るスープを飲み干した父さんはやさしく笑った。
 
「ね、父さん。あたしと諒クンがいなくて、サミシイ?」
「んー……そうだね。寂しいけど、子供は、いつかは出ていくものやからね、どの家も」
「そういうもの?」
「うん。諒のときは、まだ中学も卒業してなかったし、『デビューしたら上京する』って聞いてたとはいえ、決まったのが急やったから、心に穴が開いたみたいになったけど。奈々子は高校卒業するまで家にいてくれたから」
「だって、それが父さんとの約束だったんだもん」
「そう。僕のワガママ」
 
 父さんはあたしを見つめて、ニッと笑う。
 
 いまの事務所のモリプロからスカウトされたとき、あたしは、すぐにでも東京へ行くつもりだった。
 高校には通ってたけど、ゲーノー界に入るチャンスをつかんだら、いつでも辞めようと思ってたし。
『盟にぃに会いたい』。それだけしか、考えてなくて。
 
 そんなあたしに、『ちょっと待った』したのが、この父さん。
『高校くらいは、ちゃんと卒業しておきなさい』って。
 よく考えたら、東京へ行っても高校に通おうと思えば通えたハズ。
 諒クンなんて、中学も高校も、東京で卒業してるわけだし。
 
 だからね、父さんとの約束は、あたしが大阪のこの家に少しでも長くいるためのイイワケだったのかなって思う。
 だって、あたしは父さんの『カワイイ娘』だし。
 
 父さんはコタツに入ったまま手が届く戸棚の中からおせんべいの入ったカンを取り出して、ガコンッとフタを開けた。
 
「でも、思ってたほど寂しくないよ。ほら、テレビとか、いろんなところで見られるからね。諒も奈々子も」
「頑張ってるからねっ」
「今日は通勤途中にコレ買ったよ」
「わぁっ。『en-en』だっ」
「五十路のオヤジが買うのは、さすがにちょっと恥ずかしかった」
 
 照れくさそうに笑いながら、父さんはおせんべいを口に運ぶ。
 
「言ってくれたら、送ったのに。出版社の人から何冊かもらったよ」
「いや、ええんやって。父さんは、奈々子の父親でもあるけど、Andanteなーこのファンでもあるんやから」
「ドラマも見た? あの、岸田サンと共演したヤツ」
「あぁ……今年初めの? アレは……ごめん。見てない」
「頑張ったのに」
「諒から連絡もらったんだよ。『父さんは見ない方がいい』って。職場でドラマの評判聞いて、見なくて正解やったと思ったよ。見てたら父さんは殺人犯になってた」
 
 父さんは冗談っぽく言って、お茶を一口。
 
「トーク番組とか、バラエティーは楽しく見てるよ。積極的にしゃべるから、いつも画面に映ってるし。ただ、その……語彙が貧困、というか、時々何を話してるのか分からへんときが……」
「ゴイってなに?」
「えーっと……『ボキャブラリ』なら分かるか?」
「わかんない」
「……本を読みなさい、本を。なんでもいいから」
「えーっ。だって、ムズカシイ言葉とかあると、読む気なくすし」
「辞書は」
「使い方わかんない」
 
 湯のみをコタツに置いた父さんは、はぁぁ……とため息をついた。
 
「クリスマスプレゼントに、電子辞書を買って送るよ」
 
 
 
 
 
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