名古屋錦町のあやかし料亭~元あの世の獄卒猫の○○ごはん~

第3話 空木の妻

 少し不安は残ったが、仕事は無事に終わり。

 手ぶらはいけないだろうと、事前にrougeで隆輝(りゅうき)にお菓子の詰め合わせを予約したので受け取りに行き。

 隆輝からは、頑張ってと励ましの言葉をもらってから楽庵(らくあん)に向かう。

 細い路地裏、角の角を曲がり。

 慣れた足取りで、妖達棲まう界隈に到着する。そして、成人女性に変身している座敷童子の真穂(まほ)と出会うのもいつも通り。


「とうとうね?」
「うん! 空木(うつぎ)さんの奥さん、どんな人だろう?」
「あんたにそっくりってんなら……ドジなとこも似てたりして?」
「あ、ひっどーい!」


 兄の海峰斗(みほと)と付き合い出したとは言え、真穂は真穂だ。彼女からの事後報告によると、半同棲生活のようなものを始めたらしい。

 その関係で、美兎(みう)の守護の役目を少し減らしたそうだが、代わりに美兎への加護を強めたらしい。なので、海峰斗との用事がない場合は界隈に一緒には出向くが、頻度は減っている。

 それに、最近は美兎一人でも道々の妖達に会釈されるくらい顔見知りだ。だから、美兎を襲おうと思う妖は特にいない。


「それ、空木達に?」


 あと少しで到着する前に、真穂が紙袋を指した。


「うん! 相楽(さがら)さんに前持ってお願いしてたんだー!」
「手土産にはいいわね? ほら、着いたわよ?」


 目前なくらいの位置にいたので、美兎は軽く深呼吸をしてから引き戸に手をかけた。


「おや、いらっしゃいませ。美兎さん、真穂さん」


 今日も素敵に涼しい笑顔である猫人の火坑(かきょう)。客はほかにいなくて、空木達もまだ来てはいないようだ。

 だいたいの時刻を予定してたので、先に来ずともガッカリはしない。しないが、少々緊張がほぐれたのは嘘じゃない。


「こんばんは、火坑さん」
「ヤッホー? 空木達はまだ?」
「まだですね? さ、外は寒いでしょう。中へどうぞ」


 カウンターに座って、熱いおしぼりを受け取り。寒さでかじかんだ手を清めた。嬉しい熱さだった。


「あったかい〜〜」


 二月とは言え、京都ほどではないが盆地である名古屋は夏は猛暑で冬は寒い。

 雪は滅多に降らないが、風が刺すように痛くて冷たいのだ。

 その季節感は、人間界だろうが界隈も全然変わらないでいた。


「来月になれば、多少はマシにはなると思いますが。空木さん達がいらっしゃるまでひとまず、お湯割りなどで温まりますか?」
「そうします!」
「真穂は熱燗!」
「かしこまりました」


 食事はとりあえず先付け。今日は柚子豆腐と言うものらしい。ほんのり甘くて、柚子の香りがほんわかしている優しい味わいだった。


「すみません、遅れました」
「こんばんは」


 梅酒のお湯割りで指先まで温まった頃に、空木らしい客がやってきた。らしいと思ったのは、顔はともかく人間のように黒髪黒目の美しい男性が入ってきたからだ。


「おっと。この姿のままでしたね?」


 美しい男性は、軽く頭の上で手を振ると。そこから髪と目の色が変わり。薄緑色の長髪の男性に早変わりした。一度しか会っていないが、美兎の祖先である(さとり)の空木そのものだった。


「あ、どうも」
「こちらの予定変更に付き合わせてしまい、申し訳ありません」
「だ、大丈夫です」
「空木様〜、私前見えないです」
「おや、すみません」


 いよいよ、彼の妻と対面出来る。

 空木本人は、美兎と瓜二つと言っていたが。果たして、どこまで。

 声は似ているかと聞かれても、自分ではわからないが。空木が少し横にズレてから彼女の姿が見えたのだった。


「はじめまして。空木の妻、美樹(みき)と申します。あなたが……私達の子孫?」
「は、はい!」


 たしかに。

 髪や目の色は違うが、ほとんど顔はそっくりそのまま。

 美樹が黒髪に対して、美兎は薄っすら染めた茶髪。長さも、美樹は和服に合わせてまとめているがだいたい同じくらいかもしれない。

 背丈もあまり差はない感じか、一緒に出歩いていたら双子だと勘違いされてもおかしくはないだろう。美樹も美兎を見てから、目を丸くしていたほどだ。


「あら、本当に瓜二つですね?」
「は……じめ、まして。湖沼(こぬま)美兎です」
「あらあら! 湖沼の姓は今でも残っているのね? 美森(みもり)……達とは会っていないようですね?」
「あれらは人見知りが激しいからね?」
「さ。お二方もお席にお付き合いください」
「ええ」


 その前に、と美兎は用意していた菓子折りを空木に渡したのだった。


「つまらないものですが」
「おや。わざわざありがとうございます。帰宅後にゆっくり食べますね?」
「はい」
「あらあら。じゃあ、私からも」


 と、美樹が美しい和物の鞄の蓋を開けて。中から細長い、これまた綺麗な布に包まれたものを取り出した。

 空木から美兎の隣に座るように言われた美樹の手ずから受け取り、是非開けるようにとも言われた。

 ゆっくり開けると、中身はかんざしだった。


「……綺麗」


 花は、赤い梅を樹脂か何かで固めたような。二股の軸のようなものは銀色だが少し重くて、まるで本物の銀を使っている感じだった。

 あとの飾りもビーズに見えそうだったが、触ると冷たかったので。まさか本物かと思いかけたくらい。

 じっくり眺めてから美樹を見れば、にこにこと微笑んでいた。
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