名古屋錦町のあやかし料亭~元あの世の獄卒猫の○○ごはん~

第3話『鹿肉のチーズインハンバーグ』①


 美兎(みう)(にしき)にやって来る数日前。

 小料理屋楽庵(らくあん)には、少し珍しい客人達がやってきたのだった。


「……おや、師匠に皆さん」
「よ!」
「……久しぶり」
「お、お久しぶりです! 兄さん!」


 黒豹の霊夢(れむ)を筆頭に、小料理屋楽養(らくよう)の一行がやって来たのだ。兄弟子の元狗神である蘭霊(らんりょう)は相変わらずの迫力で、妹弟子である雪女の花菜(はなな)も相変わらず極度の恥ずかしがり屋で兄弟子の後ろに隠れていた。

 料理人の三人ともやって来たと言うことは、今日あちらをわざわざ休業にして来たわけか。何故、と思うことはあるが、せっかく来ていただけたので。火坑(かきょう)は精一杯料理を振る舞うだけだ。

 蘭霊は手製の梅干しだと、火坑に手渡してくれた。火坑も受け継いだ梅酒もだが、彼は漬け込み作業が実にうまいので楽しみだった。

 温かいおしぼりを二つ。残り一つは冷却してある方からひとつ取り出して渡した。雪女に熱は毒なので、熱いおしぼりは避けねばいけないから。


「楽養勢揃いは珍しいですね?」
「お前の今の腕を知りたかったのもあるが……」
「? 師匠、やけに意味深な物言いですね?」
「……お前、女出来たのか?」
「!? せ、先輩!?」


 突然やって来て、突然の兄弟子の発言に。思わず盛大に唾を吹き出しそうになったのを堪えた。

 いったい全体なんのことだと、訳がわからなくなりそうだったが。いつもは挨拶以外話しかけてこない、花菜も手をあげたのだった。


「あ、あの、兄さん。すみません」
「は、花菜ちゃん?」
「わ、私が……美兎ちゃんがろくろ首の盧翔(ろしょう)さんのお店に行かれたことを聞いて、つい先日界隈に引き込んでしまったんです。でも、すぐに……誤解とわかりました。なのに、友達になってくれたんです……!」
「……事情は深く聞きませんが。盧翔さんなら、先日一度だけこちらに来られましたね?」
「え!?」
「お前のことはいーだろ? で、夕飯ついでにうちんとこに来たんだよ。心の欠片ももらって、料理も振る舞った」
「……なるほど」


 それで、火坑の昔話などを色々聞いたかもしれないが。

 どうして、その流れで火坑が美兎に惚れているとバレてしまっているのか。まさか、美兎も知ったのでは、と思いかけた。だから、ここひと月くらい錦に来ない理由はそのせいなのかと。

 すると、カウンター越しに霊夢が火坑の頭をぽんぽんと撫でてきた。


「お嬢さんに、お前の気持ちは伝わってねーって。俺らが憶測しただけだ。お前の店を気に入ってることは話してくれたし、今は色々理由があって会いに行けねーんだと?」
「そ……ですか」


 いくらか安堵は出来たが、やはり火坑の彼女への想いはバレていたのか。閻魔大王達にもだが、自分は本心を隠すのが得意でいたのに、身内にはバレやすいのか。

 とりあえず、気を取り直して。先に出来ていた、スッポンの肉の生姜醤油漬けを出した。今日のスッポンは雌で、新鮮な卵もあったのでそれも加えたものだ。


「スープとかはまだだろ? (ぼん)、お前の梅酒がいいな?」
「……先輩の舌を唸らせるほどでは」
「構いやしねーって。あのお嬢さんも気に入っているようだったぜ?」
「……そうですか」


 美兎がいないのに、美兎の話ばかり出てしまう。

 この面子でなら、いつも料理談義だと言うのに。不思議だ。彼女がいないのに、彼女がいるような雰囲気になってくる。

 梅酒をロックで出すと、蘭霊はスッポンの卵を口に含んでからくいっと煽った。


「……悪くはない。が、俺なら黒砂糖をもう少し追加するな?」
「……勉強になります」
「はっはっは! 俺より蘭の方が実質うめーからな? 火坑、今日はスッポン以外なら何がある?」
「そうですね。本当の旬ではありませんが、割といい鹿肉が手に入りました。うちは洋食メインではないのでシチューは仕込んでいませんが。ローストかステーキか?」
「あー、そうだな?」
「どうしてもらおうか?」
「あ、あの! 兄さん!」
「何かな?」
「ず、ずっと昔に……師匠に褒められていた、チーズ入りのハンバーグを!」
「よく覚えてたなあ?」
「あれか」
「かしこまりました」


 たしかに、あのハンバーグは懐かしい。

 少々手間はかかるが、脂のノリが春夏に比べると質が違うこの肉にはちょうどいいかもしれない。

 なので、火坑は得意とする柳葉包丁達を片付けて、肉用の刃が少し大振りの包丁を二本、まな板の上に置くのだった。

 そして、メインの鹿肉。

 繁殖期で、熟練の猟師らが舌鼓を打つ春夏よりも脂のさしは多いが、柔らかさはいくらか劣る。

 けれど、挽肉にしてハンバーグにするならちょうどいいかもしれない。火坑は、包丁の一本を手にして。挽肉にしやすいようにまずはカットしていくのだった。
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