名古屋錦町のあやかし料亭~元あの世の獄卒猫の○○ごはん~

第4話 心の欠片『フライドチキン』『豚の角煮』②

 調理に妖術を使うのは、随分と久しぶりだ。

 師である黒豹の霊夢(れむ)に修行時代教わったのだが。幽世(あの世)でもひょっとしたら獄卒だったり、職員だったりが使っていたかも。閻魔大王は流石にないだろうが、妖術は便利だ。

 初デートの日に、美兎(みう)に言った通り。人間には扱えない魔法のような力なのだから。

 時間短縮の場合、神経や妖力をかなり使うのだが。美兎や辰也(たつや)から定期的に心の欠片を提供してもらっているので。火坑(かきょう)の妖力は満ち満ちているのだ。

 店の経営状況も同じく。この二人以外にも来訪する人間達はいるが、老化のせいか最近は質が良くない。そこはまた、短命種である人間の体質もあるだろうが。

 とにかく、美兎達のお陰で、今日の料理は随分と時短することが出来る。有り余る妖力を使って、存分に振る舞うつもりだ。


「お待たせ致しました。美作(みまさか)さんの心の欠片で作りました、出来立ての豚の角煮です」
『おお!?』
『わあ!!』
「すっご!? あの魔法みたいなのであっという間に出来たとか思えないや」


 客達全員が驚くくらいの出来栄えなのは無理もない。

 圧力鍋や時間をかけて作ったようにしか見えない、角煮の煮え具合に脂身の透明度。

 しかも、作ったのは炊飯器だ。とても、時間短縮で作ったようには見えないだろう。器に盛って、白髪ネギと練り辛子を添えたら、美兎もだが全員の顔が綻んだ。


『いただきます!』


 手を合わせてから、それぞれ箸を角煮や卵に伸ばした。ほろっと箸で切り分けられる柔らかな角煮。固茹でになっても、味が染みて食べるのが楽しみになるゆで卵。

 口に入れれば、皆笑顔になったのだった。


「脂身がしつこくなくて、ふわふわです!」
「お粗末様です」


 恋人に喜んでもらえて、火坑は心の底から嬉しくなった。


「いい味になっているじゃない?」
「う」
「ま」
「い!」
「うん。味付けも濃い目に見えるのにあっさりだし、フライドチキンの前に食べて正解かも」
「ふふ。今揚げますね?」


 日本に洋食が持ち込まれて、約百年以上は経つが。戦争の傷痕が遠ざかって、これまた約五十年程度で。随分と日本の料理も多種多様になってきた。

 角煮は江戸時代からあったらしいが、フライドチキンはまだごく最近だ。霊夢が人化してまで人間界に食べに行くので、火坑も覚えたのである。

 が、自宅で作るほどではないので。今日のために、と、普通の鶏肉で練習したものだ。だから、自信がある。

 低温でじっくりと揚げないと、カリカリ以前に中に火が通りにくいので。菜箸で油の中に衣を少々落としてから、温度の加減を見る。パチパチ、と爆ぜる音がしたら、大きめの鍋ではないので二本だけフライドチキンを投入した。

 すると、低温なのに油と衣が接触する特有の、軽い爆発音が聞こえてきたのだった。


「あ〜〜、ジャンクで時々食べたくなるけど。年のせいか、最近あんまり食べなくなったんだよなあ?」
「年って……美作さん、私より少し年上なだけじゃないですか?」
「いやいや、湖沼(こぬま)さん? 三十近くになると男女関わらず、味覚結構変わるよ? あ、でも。湖沼さんには火坑さんがいるから関係ない?」
「う……そ、うかもしれないですけど」
「ふふ」


 本当なら、妖と結ばれるよりも美作くらいの人間と結ばれた方が人間としての幸せ送れたかもしれないが。

 美兎もだが、火坑も無理だった。相手を想う心が強過ぎて。

 だから、火坑も後悔はしていない。

 それに、今日は美兎と関連がある例の妖が来るのだ。気合を入れて、料理を(こさ)えるつもりである。

 そうこうしているうちに、フライドチキンが良い具合に出来上がったのだった。


「お待たせ致しました。美兎さんの心の欠片で作らせていただいた、フライドチキンです」


 出来上がりをカウンターに置けば、全員いい笑顔になってくれたのだった。
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