ハナヒノユメ
ずっと、何も言わずに黙っていて。

そっと、彼の方を見た。

窓の外を見ているようだ。

そうやって顔を見られないようにしているのか。

私を軽蔑しているのか。

それもそうだ。

私は彼に酷いことしたんだから。

暴力の方がまだマシかもしれないことを。

しばらく彼を見ていると、彼は窓の外を見たまま、

「信じてもらえないかもしれないけどね。
僕は嬉しかったんだよ。」

と言った。

なんて優しい嘘だろう。

こんなことしても、まだわたしのことを許してくれるのか。

「僕の名前、呼んでくれたでしょ?
あんなに必死に、求めてくれた。」

「...ひどいこと、です。」

「ひどいのは僕だよ。
何もできなかったから。」

「いいえ。先輩は...。」

「こんなに辛い思いをさせてしまって、ごめん。」

振り返ったその顔は、やっぱり笑顔だった。

ちょっとしたいたずらをしてしまって、仕方なく許してって、怒った親に謝るような笑顔。

まだ、かわいくてたまらないと思う自分がいるのが許せない。

「さくら。
もう気にしなくていいから、近くに来て。」

「でも...。」

「お願い。僕からは近づけないから。」

言われるがまま、もう一度側に寄ると。

「これ。」

そう言って私の手に置いたのは、彼がずっと大事に持っていたぬいぐるみだ。

「かわいいね。やっぱりさくらに似てる。」

「...。」

「この子にもすごくお世話になったよ。
夢を見ていても、これを持っているってことは変わらなかったから。ありがとう。」

「...どうして、許してくれるんですか。」

「それはね。」

「...っ!」

唇が、また重なって...。

でも、

...私がしたときと、全然違う...。

優しく触れて、あったかくて、

ちゅって音をさせたりして、大切にされてるって分かる...。

まるでほんとに恋人にするキスみたいな...。

これが、彼の...。

「...これでお互いさまだね。」

「せんぱい...。」

「さくら、だいすきだよ。」

...。

私よりも歳上で、かなりしっかりしてるって分かってるのに。

笑顔が、子どもみたい。

その場がパッと明るくなって。

それも、私の勝手な妄想だって分かってるけど...。

かわいい。

本当にかわいい。

わたし...。

甘えて...いいのかな。

「私も大好きです。」

あんなことしたくせに。

そう自分を責めようとしたけど、できなかった。

彼が息をのむほどのかわいさで笑っていたから。
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