あの日の君になりたかった。
大人になったら、もっといろんなことを自由にできるんだと思っていた。
子供の頃ははなんの根拠もなく無敵で、いろんな人に、ものに、守られていた。
そうじゃないと気付かせてくれたのは君だった。
「麗央、ちょっと買い物行ってきてくれるー?」
キッチンの方から、母がわたしを呼ぶ声がして、はっと我に返る。
こういうふうにまた母と一緒に暮らせるようになったのも君のおかげなのに。
君はいま、ここにはいない。
天井を見上げる。ちょうど真上がわたしの部屋だ。
部屋にはベランダが付いていて、君――夏生の部屋とは僅か30センチの距離だった。
リビングから見える狭い庭先にはベランダの影が落ちていて、あの僅か30センチの距離がこんなにも近くて、本当は遠かったのだと気付かされる。