君は愛しのバニーちゃん



 初めて貰う、美兎ちゃんからの手作りプレゼント。そのスパイスは、きっと俺への溢れる程の愛に違いない。
 そう思うと、今すぐ全裸になって踊り出したいぐらいに嬉しい。

 抱きしめていた胸元からそっと袋を離して見てみれば、そこには俺への愛が詰まったクッキーがある。正直、クッキーだと言われなければ……ミニハンバーグに見えてしまいそうな程に、だいぶ(いびつ)な形をしたそのクッキー。

 確か、クッキーとは型で生地をくり抜くものだったような気がするが……。型を以ってしても、はみ出てしまう俺への愛と、美兎ちゃんの芸術的センス。流石だ。


「さっそく……食べてみても、いいかな?」

「うんっ!」


 ガサガサと袋を開け始めた俺を見て、ワクワクとした表情ながらも静かに見守っている美兎ちゃん。そんな姿も、たまらなく愛しい。
 叶うものなら、そんな美兎ちゃんごと今すぐ食べてしまいたい——。


(グフッ♡ ……いただきま〜すっ♡♡♡♡)


 そんな邪念を抱きながら、取り出したクッキーをパクリと口に含んで咀嚼(そしゃく)する。


「……っ!? ガハァ……ッッ!!!」


 勢い余って椅子から転げ落ちた俺は、テーブルに置いてあったグラスを手に取ると、中に入っていたお茶を一気に飲み干した。


(こっ……、これが……っ。噂に聞く、胃袋を掴まれるって……、やつか……っ!!!?)


 胃袋を掴まれる前に、喉に穴が開いてしまいそうな程に強烈だ。ハァハァと呼吸を荒げながら、口端に垂れたお茶を袖で拭う。
 初恋の思い出は甘酸っぱいとはよく聞くが……。美兎ちゃんの俺への愛情は、そんな生温いものではなかったようだ。軽くみていた俺が馬鹿だった。

 そう——これは、殺人級の塩っぱさ!


(っ、うさぎちゃん……! 俺も……っ、愛してるよっ♡♡♡♡)
 

 いよいよ本格的に俺を殺しにかかってきた美兎ちゃんを前に、恐ろしく殺傷能力の高いクッキーが入った袋を握りしめて脳内で愛を囁く。
 君の愛に殺されるなら、それは俺の本望だ。受け止めきれない訳がない。


「瑛斗先生っ! 美味しい!?」


 俺を見つめながら、ワクワクとした瞳を輝かせている美兎ちゃん。


「うん……っ♡ 死ぬほど、美味いよ♡♡♡♡」


 間違いなく、死ぬほどだ。きっと、死因は”愛”という名の塩分過多による中毒死。


「よかったぁ〜!」


 俺はクッキーの入った袋をテーブルに置くと、空になったグラスにトポトポとお茶を注いでゆく。


「……み、美兎ちゃん。ところで……試食って、したのかな?」


 嬉しそうに微笑んでいる美兎ちゃんに向けてヘラリと笑ってみせると、俺の言葉を受けて暫し考える素振りをみせた美兎ちゃん。


「…………。ううん、してない」


(で、ですよね……)


「忘れてた〜。ミトも食べてみよ〜っと!」



 ———!!?



 美兎ちゃんの発した言葉に、ビクリと肩を揺らして驚いた俺。クッキーに向けて、美兎ちゃんの手が伸ばされた——次の瞬間。
 俺は奪うようにしてシュバッと素早く袋を掴むと、ザーッとクッキーを口に含んで、注いだばかりのお茶で一気に流し込む。


「……ふグゥッ!!? グ……ッ、ガハァッ!! ハァハァハァ……。ご、ごべん……美どちゃん……っ。お……おいぢっ、すぎで……全部、食べ……ぢゃっ、た……っ」


 焼け切れそうな程の喉の痛みを堪えながら、必死な形相で美兎ちゃんに向けて笑顔をみせる。
 美兎ちゃんからの愛を余す事なく受け入れたどころか、クッキーという脅威から美兎ちゃんを守ることにも成功したのだ。これぞまさに、死して尚一片の悔いなし——。

 フッと意識を失うような感覚に、力尽きた俺の身体は床へと向かってぶっ倒れる。


「……キャッ!!? 瑛斗先生っ!! どうしたのっ!? 大丈夫っ!!?」

 
 心配そうに焦っている美兎ちゃんの声を遠くの方で聞きながら、ボヤけてきた視界の中で必死に美兎ちゃんの顔を見つめる。

 たった一つ、未練があるとするなら——。
 美兎ちゃんとの、ラブラブ新婚ライフ♡ を味わってみたかった。


(その時は……。料理は、俺に任せてくれ……っ)
 

 遠くなる意識の中、確かに感じる美兎ちゃんの太腿の感触。その念願だった膝枕の心地よさに酔いしれながら、俺は薄っすらと不気味に微笑んだのだった。



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