君は愛しのバニーちゃん



 未だ名前のわからない、この謎の少年。だが、この少年が美兎ちゃんに好意を寄せている事だけは俺にもわかる。


(俺の可愛いエンジェルは……っ。絶対に渡さねぇ!!!!)


「……柴田さんも、イケメンだと思うでしょ?」



 ———!?



 少年の発したその言葉に、ピクリと素早い反応をみせた俺の耳。嫉妬の炎をすぐさま鎮火させると、話を振られた張本人である美兎ちゃんの方へと視線を向けてみる。
 すると、ほんのりと赤らめた頬でニッコリと微笑んだ美兎ちゃん。俺はそんな美兎ちゃんを見つめながら、バクバクと鼓動を高鳴らせるとゴクリと喉を鳴らして息を呑んだ。


「うん。カッコイイよねっ」



 ———!!!? 



(グォォォオーーッッ!!♡♡!♡♡!♡♡)


 あまりの嬉しさから脳内で歓喜の雄叫びを上げると、両手でガッツポーズを作って満面の笑みを浮かべる。
 俺の頭の中で、何度も何度も繰り返し再生される、『カッコイイ』と告げる美兎ちゃんの可愛い声。戻れるものなら、数秒前に戻って録音したい。

 大切な記念日の瞬間を録り損ねるとは……。俺としたことが、なんたる不覚。
 これは、紛れもなく——!


 俺への、愛の告白記念日だ♡♡♡♡


(っ……。生きてて、本っ……当に良かった!♡!♡!♡!♡)


「それにね、凄く優しいよ」

「へぇ〜。そうなんだね」

「そうそう、すっごく優しいよねっ! この前、美兎と一緒に瑛斗先生の学校の文化祭に行ったんだけどね。その時、ぜ〜んぶご馳走してくれたもんねっ?」

「うんっ。あとね、動物園にも連れて行ってくれたこともあるんだよ。……ね? 瑛斗先生っ」

「っ……、うんっ♡(愛してる)」


 先程から、嬉しさで(とろ)けっぱなしの俺の顔。平静さを装いたいが、ニヤケ顔が止まらない。


「そうなんだ……。イケメンで優しいなんて、凄くモテそうですね」

「いやいや、モテるだなんて(当たり前)……。俺なんて、全然だよ(で、君の名は?)」

「俺も……、頑張らなきゃな……。……あっ。じゃあ、俺こっちなんで。柴田さん、香川さん。また明日、学校でね」

「うんっ。またね〜」

「また明日ぁ〜。ばいば〜い」

「…………」

 
 遂に、最後までその名を明かすことのなかった謎の少年。名前など、もはやどうだっていい。
 立ち去ってゆく少年の後ろ姿を眺めながら、俺の顔は蕩けた表情から一気に怒りの表情へと変貌する。

 少年の口からポツリと溢れ出た、とても小さな声。俺はそれを聞き逃さなかった。


(頑張るって……っ。一体、何を頑張る気だ!!! このっ、クソガキめ……っ!!!!)


「市橋くんには伝えたし、あと男子は……。岩倉と悠人(ゆうと)と……あと、今井くんと渡辺に……」

「そんなにクリスマス会に呼ぶの? 連絡するの大変だね……。男子の連絡は、市橋くんに頼めばよかったのに」

「あぁ、そっか! ……あ〜っ、もう遠い。よしっ、ラ◯ンしとこ」


 遠く小さくなってゆく少年の背中を確認すると、ピコピコと携帯を操作し始めた悪魔。


(市橋、くん……だと……っ? そうか……っ、キサマが市橋か……ッッ!!!!)


 忘れもしない、その名前。
 あれはいつだったか……。夏休みの宿題をやっていた時に、悪魔が不吉なことを言っていた。


『市橋くんとか、絶対に美兎のこと好きだと思うんだけどなぁ……。あの2人、付き合ったりしないのかな〜』


 まさか、あの少年が例の『市橋くん』だったとは……。中々の好青年に見えるが、その頑張りだけは許すわけにはいかない。
 悪魔からラ◯ンを受け取ったのであろう少年は、こちらを振り返ると大きく手を振る。


(っ……恋愛なんかにうつつぬかしてねぇで、キサマは受験だけ頑張ってろっ!!!!)

 
 ようやく知り得た名前を前に、悪魔のような顔で不敵に微笑んだ俺。その口元に弧を描き続けながら、遠くに見える少年の姿を睨みつける。


(その名は、俺のデスノートに刻んでやるっ!! 覚悟しろっ! クソガキめっっ!! ……グハハハッッ!!!!)


 できれば、今すぐにでも叩き潰してやりたいところだが……。これが、クリスマス会にお呼ばれしてもらえなった俺にできる、せめてもの反撃なのだ。
 少年の頭をガッと掴んで地面に叩き潰すシーンを思い浮かべながら、脳内で悪魔のような笑い声を響かせる。


 ——その日の夜。自室に籠ってひたすら『市橋、ぶっ殺す』と何度もノートに書き殴った俺。
 その目から滝のような涙が流れ出ていたことは……誰にも秘密だ。


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