九羊の一毛


控えめに申し立てようと隣を見上げた。
思いのほか顔の距離が近くて、少し驚く。そのまま目が合って、狼谷くんは優しい笑みを浮かべた。

まただ。蕩けるような笑顔。きらきらと眩しくて、心臓が掴まれたような感覚に陥る。


「あ、の……狼谷くんの手が、濡れちゃうから……」


その顔で見つめられると、どうにも平静でいられない。
視線をずらして何とかそこまで述べてから、小さく息を吐く。


「優しいね。俺のこと心配してくれるの?」

「あ、当たり前だよ……! 今日だって……」


今日だって、昨日だって。この一週間ずっと。一体どうしちゃったんだろうって、心配してたよ。
聞いても許されるだろうか。怒られないだろうか。


「狼谷くん、……何か、あった?」

「え?」

「あ、えっと、一週間いなかったから……」


私が何か気に障ることをしたなら謝りたいし、話を聞いて和らぐのなら可能な限り聞くし――いや、でもこんなに優しく喋ってくれるのなら、私が特別怒らせたというわけではなさそう。
一人思考を繰り広げる横で、狼谷くんは数秒黙り込んだ後、口を開いた。


「……熱、出してさ。ちょっと拗らせて、なかなか治らなかったんだよね」

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