九羊の一毛


「……カナちゃん、どうしよう」


教室に着いて早々、荷物を机の上に置いてそう零した私に、カナちゃんは振り返って眉をひそめた。


「どうしようって……何が?」


先程バスから降りて玄くんの顔を見た瞬間、私はとんでもないことに気付いてしまった。


「チョコ、忘れた……」

「え」


何を隠そう、今日は二月十四日。
去年は友達や部活の先輩に、とチョコを用意していたけれど、今年はそれに加えてもう一つ、大事なものを用意しなければいけなくなったわけで。

玄くんと付き合ってから初めてのバレンタイン。彼氏がいる状態でこのイベントを迎えた経験は今までなかったし、そもそも彼が人生で初めての彼氏だ。


「その袋、チョコじゃないの? 忘れたってどういうこと?」


カナちゃんが私の手元を指さす。
いつもの鞄とは別に、少し大きめの紙袋。バレンタインの日は大体、みんな大荷物だ。先生たちも気付いてないわけはないんだろうけど、見ていないふりをしてくれる。


「うん、チョコ、なんだけど……これはみんなの分っていうか、友達とかにあげるやつで」

「あー、義理チョコか」

< 69 / 123 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop