九羊の一毛


へら、と目尻を下げ、紙袋を抱え込むようにして彼が屈託なく笑った。
その表情を見てしまってから、しまった、と顔をしかめる。

絆されたくない。こんないとも簡単に、心の中に入って来て欲しくない。
意味が分からない、分かりたくないのは自分の気持ちの方で。どうしてわざわざ彼の喜ぶようなことをしてしまうんだろうと臍を噛んだ。

素直に気持ちをさらけ出せる彼が少しだけ羨ましいと思う反面、苛ついてもいる。
人の気も知らないで。私がどれだけみんなにバレないように上手く言い訳してると思ってるんだか。
人気者だった彼の支持は、今も根強い。彼の想い人が私だなんてバレた日には、生きていけないだろう。恨まれたり嫌味を言われたり、そんなのは御免だ。


「西本さん、これって……本命……?」


静まれ、心臓。動揺するな。
こんな簡単に揺れてしまったら、今までの自分にどう言い訳するっていうの。クズで最低だったクラスメートに絆されましたなんて。冗談じゃない。


「随分ポジティブなんだね」

「えっ、だって……」

「あ、バス来た。じゃあね」


不毛な会話を打ち切って、顔を逸らす。


「西本さん!」


バスに乗り込む直前、彼が声を張り上げた。


「ホワイトデー、空けといて!」


必死な様子に思わず頬が緩む。
津山くんはそんな私を見て驚いていたけれど、私だって彼の声量に驚いたんだからきっと、お互い様だ。

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