男装の姫君は王子を惑わす~麗しきアデールの双子

69、呼び出し ①

 パーティーの後、レオ達の心配をよそに、平和な日が続いていた。
 ロゼリアはどちらの陣営からも声がかかり一人になることはない。
 ただし、変化があるとすれば、ノルやバルドやラドー、フィンが、ロゼリアに挨拶をし始めたことだった。
 ロゼリアも彼らの今までの頑なな態度から、180度方向転換した様子に驚いた。

「何かアンとあったのか?」
 そう、ジルコンがバルドに訊くぐらい、ノルたちのロゼリアに対する態度が軟化している。
「よく考えたら、アンジュ殿はあなたの義兄になるわけですから、あなたが気になさるのも当然だったと思い直しまして。いつもガッツがあるところなど、賞賛に値すると思っていたんですよ」
 そうにこやかにノルは言う。
「だから、アンジュ殿と仲良くなった方がいいと思いまして」
 とフィンが言う。
「なんだ、気持ちが悪いな」
 ジルコンが眉を寄せる。
「わたしの説教がきいたようで嬉いな。もっとあなた方はアデールの王子を知る必要がありますよ、と諭したのです」
 ウォラスは言う。
「ウォラスもなんの心境の変化だ?いつも後ろで眺めて楽しむのが趣味だろう?」
「ひどい物言いではないですか?真面目に授業にでて参加しているではないですか」
「手抜きがうまくていつも感心している」
 そんな軽口が叩かれ、ロゼリアは笑ったのだった。
 なぜだかわからないが、ジルコンの脇をかためた取り巻きに受け入れられたようであった。


 いったん席を離れ戻ってきた時、ロゼリアの机の上に封筒が置かれてあった。
 ロゼリアは手紙が好きではない。母が結婚相手をここから選びなさいと示した手紙や、母が鞄の中に忍ばせた手紙を思い出すのだ。
 随分後ろにはレオがいたが、その距離では気にすることもない。
 ロゼリアはその場で開いた。


 アンジュ殿

 最近、あなたを遠方より眺めるだけの日々が続いている。
 改めてきちんと話がしたい。
 ほんのすこしの時間でいいから、ふたりだけの時間が欲しい。
 森の散歩道の泉のところで今日の放課後待っている。

 L
 
 LとはラシャールのLだとロゼリアは思う。
 ラシャールとは、アデールの王子の女装癖を黙ってもらう約束のキスを交わして依頼、直接二人で話したことはない。ただ、ラシャールからはもの言いたげな視線が投げられていたのだった。
 本当に女装なのか、男装している女なのか、見極めようとしていたのかもしれなかった。
 もしくは、女装を黙っているために、さらなるキスを要求してくるのか。
 
 ロゼリアは小さくため息をつく。
 あまりの要求が頻繁だと、真実を話した方がいいかもしれないと思う。
 せっかくノルやフィンたちと普通に話ができるようになってきたので、もう少しアンジュとして頑張っていたいという気持は強かった。
 かといって、キスを求める相手に、いつまでもキスを与え続けることもできなかった。
 ロゼリアはジルコンの婚約者なのだ。
 ジルコンの婚約者という実感は、ロゼリアの胸を熱くときめかせた。
 彼とのお忍びデートも、プレゼントをした蛇革のベルトをいつも身につけてくれているのも嬉しい。
 ジルコンはロゼリア扮するアデールの王子を、全く疑っていないようだった。
 なら、もう少しこのままで、と思うし、だからこそ、疑われていないうちにロゼリアに戻るべき、とも思う。

 ラシャールは、ロゼリアの見るところ口の堅い信頼のおける人だと思う。
 パジャンの皆からも慕われている。
 ラシャールの出方次第で、本当のことを打ち明けてしてまう状況になるかもしれなかった。
 そういう流れになれば、ロゼリアはアンジュであり続けることをあきらめるようと、心を定めたのだった。

 森の散歩道の泉の場所はわかる。
 狩りの時に集合した場所だからだ。
 銀色に太陽を反射させる美しい泉であった。
 ロゼリアはLに会いに行くことにしたのである。



 ロゼリアが手紙を読み胸に手紙をしまうのを教室の最後尾で見ていたのはレオ。
 眼鏡を外し、深刻な顔をして前を見つめている。
「どうしたの、変な顔しているわよ?」
 レオを見つけたベラが近づいてくる。
「アンが手紙をもらっている。Lは、ラシャール?」
「はあ?いったい何の話よ?あのパーティーの密談は勘違いだったじゃないの。ノルとかバルドとか、最近はとってもにこやかにアンに話しかけているわよ。あわてて誰かに相談しなくて良かったわ」
 ベラはのんきに言う。
「……散歩道の泉の場所って知ってる?」
「知ってるわよ。狩りの時に見送りにいったもの。レオはもしかしてあの狩りに参加してなかったんじゃあ」
「参加してないよ。参加してもしなくても誰も気が付かないし、血なまぐさいのは嫌いなんだ」
「草原と岩場の国の王子が血なまぐさいのが嫌いなんて驚きだわ。レオはいつもわたしの想定を超えてくる感じがるす」

 いいながら、ベラは違和感を感じる。
 それは、あのパーティーの時に感じたものと同じものである。

「ねえ、ここから、アンが読んだ手紙の内容をなんであなたが知っているのよ。まさか、妄想じゃないわよね」
 胡散臭げな顔になる。
「ここからでも読めるよ」
 レオは眼鏡のないその顔をベラに向けた。
 漆黒ではない暗褐色の目が、ベラを見てから再び前を見る。
 教室は後ろに行くほど高くなっていて、見下ろす形の教室である。

「僕は近くが見えにくくて眼鏡をしているけど、遠くだとかなり細かなところまで見える。二キロ先から馬に乗ってきたのが誰なのかわかるぐらいなんだ。例えばあの彼女が持っているのは詩集の……」
 つらつらとその詩集の題名をレオは読む。
 ベラは目をすがめても読み取ることは不可能だった。ベラは驚嘆の声を上げた。
 何人かが振り返った。
「目がいいだけでなくて、耳もいいよ。ジュリアに女子の一人が一緒に図書館で調べ物をしましょうと誘っている」
「なんですって?」

 ベラはジュリアとの距離を測る。
 二人が話をしているのはわかるが、会話の内容など全く聞き取れない。

「わたし、レオのことを誤解していたわ。素晴らしい五感をしているのね。身体能力に優れた草原の国の王子らしいわ!じゃあ、あの時の企みは本当だったってこと?そして手紙がアンに渡って、遊歩道の泉に呼び出されたというのね。それもラシャールの名前をつかって。パーティーの後、彼らは笑顔で話かけてくるようになったのに、どうして」

 身体能力がすぐれている、王子らしい。
 この二つの褒めことばはレオの人生に縁のない誉め言葉だった。
 ベラの言葉はいつも直球で偽りがないことをレオは知っている。
 どきどきといきなり心臓が鳴り始める。
 ベラが体を寄せてきた。どきどきといきなり心臓が鳴り始める。
 慌ててレオは眼鏡をかけた。

「その後のことが、自分たちの仕業だと思われないようにするためじゃないか?」
「これからどうするのよ。やっぱりユリアンやスアレスに……」
「まって。もう少し様子を見よう。手紙をもらったとしても、やっぱり僕の勘違いで事件なんか起こらないかもしれない」
「どういうことよ」
「ラシャールはアンを以前からずっと気にしていた。本当に彼からの呼び出しの手紙かもしれないだろ?」
「え?そうなの?知らなかったわ」

 いつの間にか今日最後の授業が始まっている。
 レオとベラの会話は打ち切られたのであった。



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