男装の姫君は王子を惑わす~麗しきアデールの双子

77、双子の片割れ

 殷賑を極めるエールの王都には、都会へ物見遊山へ来た諸国からの旅人たちが毎日訪れていた。
 彼らは、多様で豊富なものが取引される市場の賑わしさ、洗練された美しい街並みや、緻密に計算され見る者に畏怖さえ感じさせる外観の文化施設、街にいきかう多国籍な人々とその活気に、一様に驚嘆する。

 王都の中に入るまではそう気にならなかった埃避けの茶色のフードを被る二人の娘たちは、足を踏み入れるなり、見るもの全てに目を丸くしていた。
 大通りの両側の歩道に溢れる人々とみっちりと隙間なく屋根をはる露店の数々は、ふたりの娘が急ぎ通り抜けた国々と比べて桁外れに多い。
 そして、どこにいても視界の隅にあるエールの王城は、近づくにつれて威容を明らかにしていく。

「こんなに大きな城って驚きだわ。アデールの城の5倍はありそう」
背の高い方の娘が言う。
「人口の規模が違いますから。エール100万。アデール1万人。賑やかなのも豊かなのも、そして強いというのも数の原理です。はじめから気おされしていてどうするのですか。しっかりしてください」
 背の低い者はしっかりもののようである。

 エールの住人たちはくすりと笑う。
 どこでも良く目にする田舎者の観光客である。
 彼らはふらふら寄り道をしながら、目貫通りを上り、王城の城門まで城を間近に見上げて、それからピクリとも動かず、直立不動で槍をもつ門兵をからかうのは、観光の定番である。
 長身の娘が、向いから歩いてくる娘の姿に目を剥いた。

「サララ、都会は驚きに満ちている。女の命が、断ち切られている!」
「ほんとうに。あれはいただけませんね」

 ふたりはすれ違う娘に眉をひそめた。
 髪が肩までしかない娘たちが意外と目についた。
 賞賛というよりもガツンと頭をなぐられたような衝撃である。

「娘は髪を長くするものというのは、万国共通の価値観だと思っていた。特にアデールの若者は男も髪を伸ばすのが普通だから。なにか宗教的なものなのかなあ」
「そうかもしれませんね。文化的にはアデールと大きく隔たりはしませんが、新たな宗教が興っているのかもしれませんね。確認しておく事項にメモしておきます」

 二人の娘を守るように、二人の男が馬を引きつつ歩く。
 一人はまだ若い男。伸びた背筋が凛として、彼女たちに寄りそう姿は、騎士そのものであった。
 その証拠に、そのマントの後ろに突きだしているのは剣を納める鞘である。
 王都では、警察兵団など国家の安全を守るものや、エール王城勤務の他は、他国であっても貴人の護衛にのみ帯刀が許されている。
 ただし、よほどのことがない限り、剣を抜いての立ち回りはご法度である。

 もう一人は、燃えるような赤毛の男。
 彼は正面から城下を守る護衛兵の見回りが来ても、ぎりぎり肩をかすめないぐらいまでしか避けることはない。
 たとえぶつかっても、赤毛の男の体幹がぶれることがなさそうである。
 たいていは、ぶつかる直前に、赤毛の男の威容に恐れをなし相手が避けるのだが。
 賑わいを楽しむといわけではなく、四方に油断なく視線を配る様子は、彼が用心棒であることがうかがい知れた。
 そのことに気が付いた者が、騎士と用心棒をはべらす貴人とはいったいどこの姫たちなのか確認しようする。
 今の時期、彼らのジルコン王子が、他国の王族の子息子女を集めて大がかりな夏スクールを行っている。
 そのために、いっそう、街は多国籍な人や物があふれている。
 その夏スクールに関係する他国の王族かもしれないと期待する。
 だが、かれらが浮き立ったのはそこまで。
 現在集まっている王子は姫たちは、大変気品に溢れ華やかである。
 それと比べて、埃をかぶる二人の娘たちは、王族や彼らの関係者だとは思えなかったのである。



 その一行は、ウォラス王が招致したアデールからの来賓。
 背の高い方の娘は、アデール国のロゼリア姫に扮したアンジュ王子。
しっかり者は、その従姉でありアンジュ王子の許嫁のサララ。
 付き従う男たちは、王騎士セプターと、赤の傭兵ディーンである。
 ディーンはアデールの王から他国の事情に詳しく世情に通じているということで護衛として雇われたのだった。
 彼らが急ぎエールの王城を目指したのは一通の親書のためである。
 数日前エール国の早馬が親書を携えてアデール国に到着していた。
 その親書の署名はエール国王のフォルスその人。
 内容は、たったの一行だけ。

 アンジュ王子のことで、至急にロゼリア姫にお越しいただきたく強く要請する。

 その手紙を読んだベルゼ王と事情をしる王城内部は震撼する。

 ウォラス王にはあらかじめ、アンジュ王子の正体を知らせてある。
 そのうえで尚且つ、アンジュ王子が扮するロゼリア姫に来て欲しいということなのだ。
 これは一体どういうことなのか。


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