男装の姫君は王子を惑わす~麗しきアデールの双子

12、ラブレター①

16歳の誕生日の祭りはもう二週間ほど前の話である。
祭りに合わせて訪れていた各国の使者たちも、数日滞在し、帰国したようであった。
しきりに、ロゼリアに会えなかったことを残念がっている者たちもいたようであるが、食事時を除き、母からの軟禁状態の指示は続いていたのだった。
軟禁は三日で終わる。
その時には、もう一度会ってみたいと思ったパジャンの若者も帰国したようであった。
そして退屈な日々を過ごす内にすっかり緑の目の若者のことなどロゼリアは忘れてしまっていたのである。


ロゼリアは、溜め息が三分毎にでていた。
「一日コレでいると退屈で死んでしまいそう、、、」

織物も途中で止まったきり、部屋のオブジェと化している。
退屈を紛らかそうと女官たちが張り切って、ロゼリアを朝から飾り立てていた。
髪にローズオイルを薄く塗り込み、後れ毛がでないようにきっちりと高めに結い上げる。
速歩で城内を歩かないことも、足音を響かせないことも、大きな声をださないことも、完全に姫に戻ってから学んだ気がする。
それでわかったことがあった。

「たまに姫としてすごしていたのも、かなり大目にみてもらっていたのね」
「少し前まで、城の者は皆、ロゼリアさまの女姿は女装に見えておりましたから!」
ようやくわかったのですか、と側仕えの女官のフラウが言う。
女なのに女装に見えていたとはかなり痛いものがある。

退屈をしていると、ロゼリアの部屋を女官たちが楽しそうに顔を覗かせては、通りすぎる。
ロゼリアの部屋詣でである。
これも、16才の誕生日以降に始まったものだ。
フラウは気が付く度に睨んでいたが、そんな睨んでいると、かわいい顔に縦じわが刻まれて台無しになるよ、とロゼリアが言ってからは、フラウは女官たちのお部屋詣ではなるだけ見逃すことにしたようである。

「わたしたちは、姫さまが、今でもりりしい王子さまに見えるのです。
まだ、完全に女性に戻ってからわずかですし。
姫さまの王子さまはそれはそれは素敵でしたし。
まあ、それも半年もお城にお姫さまとしていれば、ロゼリアさまの違和感も、女官たちのお部屋詣でも治まりますから」

ロゼリアは曖昧にうなずいた。
半年、このまま我慢ができるのだろうか?
そして半年の後は1年、3年10年と期間は伸びていくのだろう。
そしてその後は一生ということになる。
ロゼリアは疑問に思う。

ディーンと数週間手合わせをしていない。
体はなまってしまっている。
今でも城の外に馬で走り出したくてしょうがないのだ。
心なしか、二の腕や腿に、皮下脂肪がついた気がする。
今も、胸とウエストがきつい。
自分は本当に籠の鳥のようなこのまま女として生きていけるのだろうか。

「アンジュはちゃんとしているだろうか?」
そういうと、フラウは眉をあげた。
「だろうかではなくて、かしら?の方が良いですよ」
フラウはだめ押しをしてから続けた。

「アンジュ王子は、、、ロゼリアさまと逆と思って間違いないですわ!
足音が小さくて、控えめで、お優しい表情で、、、。
ややもすればアンジュさまにお姫さまを、騎士たちは重ねて見てしまうのです」
その言い方に、ロゼリアは片眉をあげた。
「もしかして、アンジュは男なのに、男装しているように見えるとか?」
「まさしくその通りでございます!ロゼリアさまの、りりしい王子を引き継いでもらわないといけませんのに!」
アンジュがきびきびと立ち回る姿が想像できなくて、笑えた。
双子は16歳に元の性別にもどってから、ともども苦労しているのだ。

「人のことを笑っているロゼリアは、アンジュの麗しい姫を引き継げているのかしら?」
その時、二人の会話に割ってはいったのはセーラ王妃である。

声を掛けるも、遅ればせながら申し訳程度に軽いノックを添える。
部屋に入ると、一向に模様が現れない織物を恐ろしい目つきで確認してから、ロゼリアの横に座った。

「娘に完全に戻ってから、まるで牙を抜かれた家猫のようね。暇なら、くじでも引いて遊びましょうか?ひとつ引きなさい」
その優し気な声にひやっとするのは、穏やかな時ほどきつい罰が下されてきた歴史があるからだ。
王妃は折り畳まれた紙の山を扇のように広げてロゼリアに差し出した。
「これは、、、?」
つい、促されるままにひとつ手にとってしまう。
ロゼリアは折りたたまれた紙片を開いた。
目を通したとたんにパタンと閉じる。
飛び込んで来たのは、一行で赤面するような賛辞の文章だった。

「これはラブレター、、、、?」
王妃は手に持っていたロゼリア宛のラブレターを全て押し付けた。
「そうです。あなたも16才になったのですから、そろそろ結婚のお相手を選ばねばなりません。
わたしたちに決められるのが嫌だったら次の誕生日までにあなた自身で決めなさい。猶予を与えます。ただし、決められないようでしたらわたくしがいろんな条件等を考慮して選ばせていただきます。その際に文句はいわせません」
「そんな、急では、、、」
「一年も猶予があるのですよ。わかりましたか?これは決定事項ですから」

そういうと、王妃は立ち上がり去りかけた。
部屋を出る直前に振り返ると、ロゼリアに押し付けた手紙を指差した。

「それは全て読みなさい!今まであなたには犠牲を強いてきたこともあるので、よっぽどのことがない限り、あなたの結婚のお相手は、どんな人であってもあなたが望む方を認めてみせます。
だから、気に入った人がいたら片っ端から会ってご自分の心を確かめていきなさい!それがロゼリア姫としての一年間の重要なお仕事ですから!」
ロゼリアには、結婚相手さえ見つける努力をするのならば、織物も、染め物も、結構ですから。という母の言葉が聞こえてくるようである。

王妃はふうっとため息をつく。

「でも、ロゼリアが本当に決められないならば、先ほど申し上げました通り、わたしが相応しいちゃんとした素敵な男性を選んであげますから、ご安心なさい。それから、、、」

王妃がいると知らずに、女官がひょいとロゼリアの部屋をのぞいてしまう。
王妃とまともに顔を突き合わせてしまい、慌てて逃げていく。
王妃は少し前のフラウのように若い女官の後姿を睨み付けた。

「わかっているとは思いますが、ロゼリア、女性はいけませんよ。結婚相手は男性ですからね。今のあなたは王子ではありませんから」
念を押して、王妃は去っていく。
残された部屋は嵐が過ぎ去ったような静寂が支配する。

「フラウ、ため息をついていいだろうか?」
ようやくロゼリアは言う。
10歳も年を取ったような疲労感がある。
「いいですか?ですが、わたしに許可はいりません。王妃さまも、ロゼリアさまが女性に大人気なのがご心配なのですね、、、」

ロゼリアは重いため息をついた。
結婚相手を見つけることが仕事とされたのである。

取り合えず母から渡された物に目を通すかと、中身を確認する前に、表にかかれた名前を確認する。

アデール国王騎士A、王子騎士、王騎士B、C国豪商、D国豪農、D国第三王子、E国の王、F国王騎士、G国第五王子、F国宮廷料理人、音楽隊隊長、、、

かなり多岐に渡っているようである。
紙質も色味もイロイロで、大きさもそろっていない。
中には巻物状のもあった。
母は届いたものを分け隔てなく、ロゼリアに持ってきたようである。
なにがロゼリアの心を射止めるかわからないので、数打てばの感覚なのかもしれなかった。

知っている名前もありその顔が浮かぶ。
王子として普通に接してきた者たちである。
その妻になんて赤面してしまうではないか。

「これは全部結婚の申込状なのか、、、しら?」
「労務関係の改善の訴えもあるかもしれませんね?」
覗き込んで王子騎士の名前を指し、フラウは言う。
恋愛とは無縁そうな、友人のような王騎士、セプターであった。
ロゼリアはひとつの手紙で固まった。
いぶかしげにフラウがロゼリアが見ているものを確認すると、とたんに顔を輝かせた。

「まあ、今飛ぶ鳥を落とす勢いのエール国の第一王子とは、ジルコンさまではありませんか!」
歓喜の声をあげた。

「エール国第一王子、、、」
ジルコンである。
子供の頃の初恋の相手の顔など、もうはっきりとは思い出せないのではあるが、黒髪黒目が鮮やかだったという印象と、優しく一晩中慰めてくれたことをその名前とともに思い出す。
誰にも感じたことのない、ほんのりと甘酸っぱい想いが沸き上がってくるのである。




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