男装の姫君は王子を惑わす~麗しきアデールの双子

80、繭の中 ③

 アンジュとサララは寮の三階、女子寮の特別室に部屋を用意される。
 アンジュはその部屋を利用せず、ロゼリアの小さな部屋で一晩過ごすことにする。
 一人にしては大きくて、ふたりにしては小さなベッドに向かい合い、肘を枕にした。
 アンジュがアンジュになるための、ロゼリアがロゼリアになるためのこの数か月の出来事を話す。
 完全に成り代わっていた7つの頃から、片方のベッドにもぐりこんで定期的にしていたことだった。 

 ロゼリアの語るアンジュの物語は、アンジュのロゼリアの物語よりも冒険に満ちていた。
 いくつもの出会いに、冒険に、試練にぶつかり、悔しさに涙をのみ、いくども立ち向かったこと。
 アンジュは聞きながらはらはらし、涙ぐみ、笑顔になる。
 ロゼリアの気持ちに同調する。ロゼリアの目線でアンジュの物語が展開していく。
 体験したことすべて伝えなくてもいい。
 今のロゼリアが記憶に強烈にのこっていることだけでよかった。
 記憶はいずれ忘れられるもの。
 体験したことをすべて持ち続けることはできない。
 ロゼリアの思い出の中で、後々まで長く尾を引き心に留めたいものだけ、アンジュに受け渡す。

 時折、ロゼリアは口をつぐんだ。
 自分だけの胸に秘めておきたいこともある。
 その度に、アンジュはやさしく促した。
 嬉しいことも、悲しいこともすべてふたりのもの。

「全部話して。ロゼリア。あなたのアンジュで経験したことは全て僕のことでもあるのだから」
 だから、ロゼリアは語る。
 はじめてのジルコンとのキスは旅の途中。
 二度目は襲撃事件の後。

「さくっとしたキスよ。唇に触れるキスよりも少しだけ奥深いというか……」
 ロゼリアは適当にごまかした。
 アンジュはどのようなキスだったかということは気にならないようで、キスを事実として受け取ったようである。
「ジルコンは初めからロゼリアのことが気になっていたのかもしれない。エールの国に来いと言ったのも、ロゼリアが僕の時だったし」

 アンジュは思案顔。
 ジルコンはロゼリアを男として好きなのか、ロゼリア自身として好きなのかが、ジルコンとロゼリアにとって重要なポイントなのだと思う。
 ジルコンが男として男装のロゼリアが好きなのであれば、後々アンジュにもおおいに関わってくることになる。
 アンジュはイロコイ沙汰は御免こうむりたい。
 自分はサララとの結婚をする。余分な回り道はいらない。

「ジルコンはわたしのアンジュを男として好きなのよ、絶対。だから、最悪、女に戻ったわたしは恋愛対象にはならないのよ。ただの形ばかりの婚約者」
 じっとりとロゼリアはアンジュをみる。
「悲観的すぎるような気がするけど。ジルコンは今まで恋の噂とか全くなかったわけじゃないんだろ」
「そんなこと知らないわ。……知っておくべきかしら?」
 アンジュは考えた。
「そのあたりは僕が調べておく。恋愛対象はそうそう変わらない。少なくとも恋のお相手が男だったか女だったかがわかればいいだけだから。その他に、僕に言うべきことはないの?」

 ロゼリアは促され、ラシャールとのことも言う。
 彼とも、パジャンの店でキスしたこと。アデールの王子が女装していると思わせていたけれど、数日まえに、夜中に共同風呂に入りに行ったロゼリアを待ち伏せしていて、自分が女だということが彼にばれてしまったこと。
「何だって。パジャンのラシャールが僕たちの秘密を知っているということなのか」
 ラシャールはアンジュも知っている。
 スアレスという事務官にも信頼の厚い、身体能力が高そうな男であった。
 アンジュは頭を抱えた。

「どうりで、しげしげと意味ありげに僕を見てくると思ったよ」
「ラシャールはわたしたちを困らせるようなことはしないと思うわ」
「どうしてそう思うの?国を挙げた男女の入れ替わりを、彼は暴き立てるかもしれない。暴き立てないまでも、僕たちの弱みをいつか利用するかもしれない」
「そんなことをする人じゃないわ」
 ロゼリアは即、断言する。
 互いの近況を伝え終わるころには窓の外もしらじらと明るくなるころになっていた。
 ロゼリアは大きなあくびをひとつ、ふたつ。

「アンジュはうまくロゼリアとしてやっていたのね。あなたが織り上げた素晴らしい出来のショールをわたしが作ったと吹聴できるのが嬉しいわ……」
 たいして波乱のないアンジュのロゼリア生活を、ロゼリアは馬鹿にすることもない。
 本当は、ロゼリアがアデールでしていたかもしれないことだからだ。
 でも、今から思うと、あのまま大人しくロゼリアとして婚約者として迎えにくるジルコンを待っていたのかどうか、疑問なところである。 

「え、なんだって?」
 アンジュもあくびをしながら聞き返す。
「えっと、わたしがあのままアデールに姫でいても、ここに来たかもしれないってこと。アンジュの後を追って夏スクールに強引に参加していたかもしれない、と思って……」
 睡魔に憑かれた二人は、それぞれ独り言のようなものである。

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