男装の姫君は王子を惑わす~麗しきアデールの双子
「王子と姫の入れ替わりを明かすことは、アデール国の最大の秘密と、アデールの王子の脆弱さを打ちあけることになるわ。同時に男装で夏スクールを混乱に陥らせたことも責められる。あの泉での暴行事件も起こってなかったかもしれない。だからわたしたちの入れ替わりを明かすことはできないわ。ジルコンの好きな、男装のロゼリアは金輪際、存在しないでいいの。虚構の上になりたったものは、土台が失せればかげろうのように消えてなくなるのよ」

「ロズはそれでいいの?」
「いいわ。わたしはわたし自身に戻るの」
「僕は自分に戻ってもこのエールに留まらないよ。ロゼリアのアンジュと僕自身とは大きく乖離している。再び彼らの前に立つときには、十分に時間を空けないと駄目だ」
「……わかってる。エールからアンジュは退場する」

 アンジュは目に見えてほっとする。
「じゃあロゼリアも帰国するんだね。これからのことは帰国してから考えよう……」
「いえ、わたしは帰らないわ」
「なんだって?」
「ようやくわかったの。偽りからは本当の愛は生まれない。わたしはロゼリアとして、エール国に残るわ!そして、夏スクールに参加し直すの」

 ロゼリアの声は感情の昂ぶりそのままに大きく、そして震えた。
 あんぐりとアンジュは口を開いてロゼリアをみた。

「アンジュの王子は国内事情でもでっちあげるか体調不良で帰国する。暴行事件で立ち直れないからでもいいわ。わたしは、アデールからきたアンジュの代わりにロゼリア姫としてとどまりスクールを続ける!」
「婚約破棄された姫がエールに居座るってありえないんじゃ……」
「そうかもしれないけど、ジルコンは夏スクールに参加したいというものを無碍に断ったりすることはないと思うの。アデールの姫には希望すれば参加する権利がある。だったらわたしはその権利をつかう」
「ちょっとまって、僕にはどうしてそこまでするのか理解できない。婚約破棄されたあわれな娘として見られるんだよ。そんなの想像するだけで針のむしろ。僕だったら耐えられそうにない」

 アンジュは面食らっている。
 だけど、一度深い水底まで沈みこんだら今度は浮かび上がっていくものだ。
 針のむしろとはその通りだろうと思うけれど、ロゼリアにはふつふつと持ち前の負けん気とお転婆な面が現れだしていた。

「強国の王子のお気に入りの弱小田舎の王子としても大変だったわ!どうしてそこまでするのかと問われるのなら、ロゼリアがジルコン王子と出会い直して恋に落ちるために必要だからよ。アデールにいたらジルとの縁が完全にたち切られたままになる。再会もできず、おばあちゃんになってしまうわ!」
「いや、それより、やっぱり僕の面子はもういいから、入れ替わっていたことを謝った方がいいのでは。ロゼリアわかってる?今、とんでもなく暴走しはじめてる気がするよ」
「暴走してるかもしれないけど、ジルコンが婚約破棄を決断したのなら、わたしも決断しなければならないわ!ラシャールは男装姿が男を惑わせると言っていたわ。これは、男装ロゼリアとわたし自身の戦いであるの。それからもうひとつ、才能あふれる美人な女優と、平凡なわたしとの戦いもあるかもしれないけど」

 ロゼリアはどちらの勝負も負けたくなかった。
 もううじうじするのは終わりだった。
 フェルトの入り口が大きく開かれ、ディーンが立っていた。

「声が大きいからつい聞いてしまった。俺の意見を言わせてもらえるのなら、ロゼリアが姫に戻るというのなら、それでなんの問題もないのではないか?むしろ、アンジュであることの方が無理があったんだろ」
「ここに留まることは僕は賛成できない。あまりにも無謀な気がするんだ」
 なおもアンジュは言いすがる。
「わたしがしでかしたことは、わたしが始末をつけるわ」

 ロゼリアが決意すれば、誰にもその気持ちを覆すことができないことをアンジュは知っている。
 アンジュはため息をついた。
 茨の道に留まろうとする妹にかける言葉を探した。

「婚約破棄は想定外だったけど、ロズの相手はジルコン王子でなくてもいい。好きなヤツができればその人と結婚しろと母は言っている」
「わかってるわ。アン、ありがとう」
 アンジュは改めてこの落ち着ける秘密の部屋を見回した。
「ただし、パジャンはやめてほしい。草原と岩場の国に嫁げば一生会えないかもしれないから」
「わかっているわ」
「ロズはわかっていないと思うよ」
 アンジュはディーンを目線で部屋から退席させる。
「もう、今日は終わる」

 アンジュは頭の上でまとめ上げた髪を解いた。
 豊かな髪が背中に流れた。
 ロゼリアの目の前にたち腕を伸ばしロゼリアの三つ編みをとめる紐をほどく。手ですき解き、頬の横に垂らした。
 無言でロゼリアは男装を解く。
 晒をほどいていけば、どんどん解放されていくような気がした。
 アンジュは頭からワンピースを脱いでいた。
 豪快な脱ぎ方だった。
 男にしては細いとはいえその腕は筋張っていて、胸には胸筋が張り、腹もひきしまり筋肉の存在が見て取れた。
 裸になれば互いの身体の違いをはっきり理解する。
 顔立ちはそう変わりはないかもしれないけれど、もう鏡をみているような気になれなかった。
 いつからこんなにくっきりと分かれてしまったのだろう。
 アンジュの手が伸びてロゼリアの頬から首をたどっていく。

「もうどんなにお願いされてもロズにはなれそうにないよ。僕も限界だった」
 そういうアンジュの喉仏は上下する。
 アンジュの素の声は、朝に聞いた時よりも随分低い。
 ロゼリアはうなずく。ロゼリアも限界だった。


※※※


 そして翌早朝、アデールの王子は帰国をする。
 体調不良が理由だった。心配して迎えにきた彼の婚約者と王騎士を連れてひっそりと帰国する。
 代わりに残ることになったのは、双子の片割れであるロゼリア姫。
 同じ顔の男女が入れ替わってのスクール継続に、夏スクールのメンバーたちは天地を返したように大騒ぎになる。
 ジルコンは一連の騒動に沈黙を貫いていた。
 だが、彼とロゼリア姫との婚約破棄の噂は瞬く間に伝わったのであった。


 第八話  ふたりの決断 完

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