男装の姫君は王子を惑わす~麗しきアデールの双子
 ロゼリアは、数日前まで連日部屋に引き籠っていて、食事はレオとエストの好み任せ。運動もしなかった日々も続いていて、体調もなんとなく優れないなと思っていたところだった。恥ずかしながら肌も荒れ気味である。

「……ララは医官でしたか」
「女官です」
 しれっという。
 ララはロゼリアと向かい合う席に着いた。
 自分の食事もロゼリアと同じものを選んでいる。

「では、質問ですが、今日、ロゼリアさまが召し上がられている食事を、他の方が召し上がられる場合はどう思われますか?例えば、男性とか?」
「男性は一般的に日中の活動量が女性よりも多いし、筋肉も多いから、エネルギーとタンパク質を補うものがあった方がいいと思う」
「例えばどういうものですか?」
「卵とか?脂肪分豊富なバターやチーズだとか?」

 ロゼリアは質問の意図が把握できないが答えた。
 ララはにっこり笑う。

「その通りですね。では、糖尿を患うご両親がいれば?高齢で寝たきりの祖父母がおられれば?ロゼリアさまはどうされますか?」
「それぞれに必要なものを準備する」
「それを毎日、毎食できますか?」
 畳みかけるように言われて、ロゼリアは戸惑った。
「えっと、きっと忙しかったり急な用事をしなければならないこともあったりしてできなくなるときもあるかもしれない」
「ならどうされるのがいいと思いますか?自分の時間と手と目が届かないからといって、放置するのか、見なかったことにするのか、適当なもので代用してそれでよしとするのか」

 ロゼリアは食事中に趣旨のわからない質問にイラつき始めた。
 食事にも集中できない。
 質問に答えるよりも、ロゼリアに向けられる周囲の視線が気になった。
 アンジュとして友人だった者たちである。
 ベラもレオもエストもいる。
 ジルコンが入ってきたのも視界の端にとらえている。
 できれば彼らと早く挨拶をかわしたい。
 今度は自分がスクールで学ぶことになったと伝えたい。
 アンジュではなくて、正真正銘ロゼリアとして彼らの前に立ちたかった。
 ジュリアとイリスやその他の女子たちがロゼリアの方を見て何かを言っていた。

「まあ!婚約破棄!」
 誰かが言ったことばが耳に入ってくる。
 ロゼリアはぐっと唇をかんだ。
 隠してもいずれ誰もが知ることになる。

「やるべきことを理解していながらやる時間がなくてできず、さらにできないことによって父母、祖父が不利益を被ることが確実なら、わたしは信頼のおける専門の者に任せることにする」
 ロゼリアの回答にようやくララは嫣然と笑った。

「その通りです。食事の栄養のことは学べばできるようになるでしょう。自分ができるからといって自分がするのは愚策です。時には自分より詳しいスペシャリストに、完全に任せることが必要です。それこそ上に立つ立場のものがすべきこと。相手を信頼することで、あなたも信頼されるでしょう」
「は、はい……これは食事という授業ですか」
 ララの目はロゼリアが何を思っているかを全て理解しているかのように見た。

「どうしてわたしに……?」
「どうして、女官がここまで付いてくるのよ。ここには資格のあるものしか入れないはずよ!」
 二人のテーブルの前に立ち、ロゼリアの言葉に被るように言ったのは、先ほどのイリスである。ぎらぎら肉感的な唇を引き結んでいる。
 悠然とララは顔を向けた。
「わたしはアメリアさまからロゼリアさま付きの女官に承っておりますので」
 彼女がアメリア妃の名前を口にするのは三回目である。
 一瞬ひるむも、イリスは負けなかった。

「使用人ごときが口ごたえするっていうの?それにどうしてわたしの女官になることは年齢を理由に断ったのに、アデールの姫の女官になっているのよ!」

 食堂の空気が緊迫する。
 今迄も何かあればジュリアの前にたち文句を言うのはイリスであったことをなんとなくロゼリアは思い出した。
 イリスとララの間には、ロゼリアの前にいろいろあったようである。
 何かこの場を丸く収めることを言うべきだと思うが、ララがどういう対処をするか興味があった。
 ララはあくまで優雅に口を拭い立ち上がった。

「わたしは自分のやるべきことに従っていますし、使用人といえども使える主を選ばせていただくこともあります。一度は年齢のためにお断り申し上げましたが、わたしがアデールの姫の女官となるのはそれ相応の理由があります」
「アデールの姫とのご婚約のことは、破棄になったとジュリアさまに今ききましたわ!なら、彼女の立場はただのスクール生と同様でしょう?それなのに、女官次長であるあなたがじきじきに指導する必要などないでしょうに!」

 ララはわずかに口の端を上げ、イリスの後ろのジュリアをみた。
 ララが女官次長であることを、初めてロゼリアは知る。

「わたしは、婚約破棄など申しておりませんわ」
 名前を叫ばれてジュリアが真っ青になり慌てて否定する。


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