男装の姫君は王子を惑わす~麗しきアデールの双子

98、女ともだち(第9話完)

 まったりと過ごす午後である。
 篠突く雨が降り続いてはいたが、時折、晴れ間を見せるときがある。
 ロゼリアはベランダのカフェテーブルと椅子を軽く吹き上げた。
 三階からみる景色はアンジュの時の部屋と違って、広大に続く森と人の営みの感じる王都の街並みとの両方を見渡すことができる。
 ベランダの窓を開け放し、森が吐き出す清浄な風を取り込み、温かな日差しを浴びるのは気持ちがよかった。


「開いていたので失礼かとは思いましたが勝手にはいってきました」
 明るい声がベランダのロゼリアに呼び掛けられた。
「いい天気でベランダもいいですね!お茶は外にしましょう!!」
 大きなお盆を抱えて、数組のティーセットを抱えたロレットがベランダのテーブルに置く。
「わたしも手伝うよ」
「あ、いいですから。ロゼリアさまはそこで大人しく見ていてください。極上の作法を見ることも優雅さの修行のひとつですとララが言っていましたよね」

 自分のお茶の作法を極上と堂々といえるところが、ロレットの完全復活の証拠のようなものである。
 ララが持ち込んだハーブやココアやコーヒーといった嗜好品の数々は、ロレットがみつけてはこれにしましょう!と淹れてくれる。ロレットは慣れたもので、ロゼリアのお茶の棚の中身をすっかり自分のもののように把握している。
 刺繍も夜通しすることがなくなったようで、眼のしょぼしょぼ感もなくなり表情が清々しい。
 ロレットは上品な手つきでガラスのポットにお茶の葉を入れ、乾燥して縮れたバラの花びらを加えた。
 そこへ湯を加えると、花びらはふっくらと解け、ふんわりとバラの香気が、清浄な森の香りと混ざり合う。
 ロレットはイリスたちの関わり方はかわった。イリスたちに侍女のことをもちだされても平然と、笑顔の仮面で跳ねのけている。


 お茶が十分に蒸らしあがるころ、扉が叩かれた。
 返事をする前に、次の客も扉をあけて入ってくる。
ベラとレベッカである。
 訪れる度にベラは手にお菓子を包んだものを手にしている。

「あら?今日はベランダでお茶ですね!せっかくの晴れ間ですものね。今日はこのお菓子はどうかなと思って。前回の金曜の夕食会の時に出されたお菓子でとても美味しかったので、その時の料理人に作ってもらったんです。ロレットが淹れてくれるお茶に間に合ってよかったわ」
 ベラはロレットの入れたローズティーを飲んで顔をほころばせた。
「本当に美味しい。やっぱりロレットの入れるお茶は絶品だわ」

 褒められてロレットはころころと笑う。
 ころころ笑顔は健在で、ロゼリアはそれを見ると嬉しくなる。

「無理してない?自分で淹れてもいいんだから面倒だったら言ってね」
「わたしが淹れたいからいいんです。本当に美味しそうに召し上がってくださるのでわたしこそ嬉しいです」

ロゼリアも席に着いた。
ベラとレベッカの方がもう先に席に座っている。

「ねえ、ベラはどうしてわたしのところに遊びに来てくれるの?」
「それはロズがアンに似ているから!というのもあるけど、なんだか気楽だし?素のままの自分でも全然気にしなさそうなところがわたしは気に入ってるの。ロズだって、今日は一人でいたい時ははっきりとわたしたちを断るじゃない。そういうロズの、取り繕わないところが好き。アデールの人ってみんなそうなのかなあ」

 女子から面と向かって好きといわれたのは初めてだったかもしれない。

「あ、ありがとう。レベッカは?」
 レベッカはベランダのカフェテーブルにつくなり、自分ペースで本を取りだしめくりだしていた。
 本を読むくらいなら自室でもいいかと思うのだが。

「ここはわたしの部屋より広くて快適。茶菓子も自分で用意しなくても出てくる。あなたのまわりはエールの姫たちなのに鼻持ちならない感じがしないのがいい。それにラシャールが……」
 ラシャールの発声と似ている。レベッカにとって森と平野の言語は自国の言葉ではない。
「ラシャールが?」
 ベラとロレットの声がそろう。
「ラシャールは、あなたをいつも見ている。だから、彼の視界に入るにはあなたの近くにいたほうがいいという、打算が働いている」
「レベッカはラシャールが好きなの!?」
 キャーっとベラとロレットは黄色い声を上げた。
 恋いバナは女子たちのほろ甘いデザートのようなものである。
 レベッカは頬を染めるが首を振る。

「ラシャールはパジャンの女たちのあこがれ。彼の目に留まろうと国では女たちが競い合ってラシャールは大変そうだった。ラシャールだけでなくって、ロズをみんな見ている。アデールの王子も興味深かったけれど、ロズは一日中、本を頭に乗せたりイリスとやり合ったり。眼が離せない。ロズの近くにいることで、ラシャールの目に映るようになりたいという打算が働いている。そのためにここにいる」

 澄まし顔でレベッカは言う。
 冗談か本気かわからない。
 確かなことは、ここにいても、ラシャールの目が届かないと思うのだが。
 だから、ラシャールの目に留まる以外の理由でレベッカはロゼリアと一緒に過ごしたいと思ってくれていることもわかるのだ。


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