男装の姫君は王子を惑わす~麗しきアデールの双子

101、相性

 ダンスレッスンは午後の最後の授業である。
 講師の先生の実演と説明。まずは一人で行う。次に一組を選んでみんなの前でやらせてアドバイスを行う。それからは全員がペアとなって横にならび、学んだステップで会場の端から端まで往復する。次は、適当な距離をとりつつ一列になって、ぐるぐると周回する。最後に各ペアは自由にダンスする、という6つの段階を踏んで行われていた。

 毎回ロゼリアとジルコンは、最後の、ペアで自由にダンスをするというところでうまくいかない。
 はた目にはどちらも間違ったステップを取っていない。教えられた通りである。
 だが少し踊るうちに、ジルコンの眉間にしわがより、ロゼリアの笑顔が強張っていくのだ。

 ジルコンとロゼリアのペアと真逆なのがイリスとノルのペアであった。
 彼らは、際立って優美である。
 今日に学んだステップしかとっていなくても会場の床には氷が張っているのではないかと思えるぐらい、舐めるようにワルツを踊る。
 リードするのはノル。
 アシメントリーにキレイに切りそろえた肩までの髪を、ノルは後ろに一つに結ぶ。シャープな目元を柔らかに緩ませ、薄い口元に余裕の笑みさえ浮かべている。
 そのノルの肩に手を添えるイリスは、髪を高く結い上げ、膝丈のスカートのひだが広がるのも計算しているのではないかと思えるぐらい、優雅に踊っている。
 イリスの化粧は普段の二割増しである。そのふっくらとした唇にグロスをこんもりとのせて照り輝かせ、うっとりと微笑むような笑顔をつくっている。
 怜悧で端麗な妖精のような男と、蠱惑的で妖艶な女のイメージなのであろうか。

 踊り終えたとき、彼らにぱらぱらと拍手が贈られた。
 肩で息を継ぐノルに、男性講師が傍によるとなにやらアドバイスを行っている。ノルは真剣に耳を傾けてうなずいている。
 一方イリスは、何かアドバイスをしようとした女性講師に首をふって拒絶する。
 イリスはその足でロゼリアに近づいてきた。
 
 ロゼリアを見るその顔には、既に勝利の笑みが浮かんでいた。
 ロゼリアのそばにあった水差しからカップに水を次ぐ。 
 イリスは弾む息のままに、ロゼリアに自慢げに顎を突き出した。
 香水の匂いが鼻につく。

「これだと最後の勝負を待つまでもなく、わたしの勝ちが決まりなようね。わたしが勝ったら、どうしてもらおうかしら。それとも勝負はあなたの不戦敗で、わたしの勝にしてあげてもいいわよ」
「勝負は最後までわからないよ」
「頭に本を10冊のせてダンスの練習をしても無理なんじゃないの。まあせいぜい頑張ってね」

 くすくすと笑い、手にしたカップで喉を潤すと、再び妖艶な笑みを浮かべてジルコンに挨拶をして会場をでていく。今日もまた女子たちでお茶会でもするのかもしれなかった。
 楽団も講師も帰り支度で、楽器をケースにしまった楽団のメンバーはそれまで座っていた椅子も片付けている。スクールメンバーは、授業を終えても残って練習する組もいるし、単独で残るものもいる。
 ロゼリアも毎回、単独で残って練習する一人である。


 ロゼリアの横で汗を拭き、水を飲んでいたジルコンが珍しく反応した。
「……勝負って何なんだ?」
「勝負っていうのは、女子同士のプライドをかけた勝負なの。どっちが美しくダンスができるか競っているの」
 ジルコンは片眉をあげた。
「それは、勝負にならないのではないか?大体、勝敗は獲物を何にするかで初めから決まっているといえる。どうせ、ダンスを言い出したのはイリス嬢だろう」
「その通りよ」
 ロゼリアはため息とともにいう。
「それで、頭に10冊本を乗せる以外に、ノルとイリスペアに逆転する秘策は何かありそうなのか?あなたの策士は何て言ってる?」
「策士?」
 ジルコンはにやりと笑う。
 冷たい表情ばかりを見ていたので心を許したかのようなくだけた表情に心臓が跳ね上がった。

「はじめにイリスに先制パンチを食らわせた、あなたの策士ララ女官次長だよ。彼女は何て?」
「なかなかうまくやっている。この調子でがんばりなさいって」
 ジルコンは目を丸くする。
「嘘だろ。いや、むしろそれは、興味深い。この調子でいいとは思わなかった。ララはダンスができないわけではないと思うのだが。策なしというわけなのか?いや負けず嫌いのララのことだからきっとなにかあると思うんだが」
 ジルコンは考え込んでいる。
 ジルコンはいつも振り返りもせず早く帰るほうだが、今日は時間があるようだった。

 講師から解放されてノルも水を飲みに来る。
 ロゼリアと目が合うと控えめながら笑顔になる。
 ロゼリアがジルコンの傍にいても、もうアンではないので引き離そうとされることはなかった。
 ロゼリアとジルコンはただのダンスペアだから傍にいているのであって、一緒にいるからといってロゼリアに対して特別の好意を抱いている様子もないから、ノルが敵視する必要性もないのだろう。
 そもそも、男にとって女とは守るべきもの、慈しむもの、大事にするもの、自分を引き立てる飾りのようなもの。
 大人しくて美しくて愛らしければそれでいいと思っているのだろう。
 だからあえて、敵視する必要さえない。

 ジルコンが普段女子全般に、冷たい視線しか向けないのも、女子とはその程度のものなのかもしれない。邪険に扱っても、損にも害にもならない存在なのか。
 
「もはやわたしは空気のような存在なのかもしれない」
 恨み言のようにつぶやいた。
「え、何?」
 ノルの額に汗が流れ、後ろでまとめきれない短めの髪が頬に貼りついている。
 美を愛する国といわれるG国王子は、そのダンスを見た後には、美男子にしか見えない。
「ノル、俺と姫のダンスがしっくりこないのは何でだと思う?」
 ジルコンがノルに聞く。
「講師には確認したか?」
「まだ。聞くほどの事でもないような気もする。だだの相性が悪いだけかもしれないし」
 ノルは相性発言に噴き出した。
「相性が左右するのなら、ジルは俺とイリス嬢はすごく相性がいいから上手に踊れるとでも思っているのか」


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