男装の姫君は王子を惑わす~麗しきアデールの双子

104、鎮魂祭 ②

 子供たちに配るクッキーは数日前から焼かれていて、ペカンやカシューナッツといったナッツ類を練り込んだもの、刻んだドライフルーツを混ぜ込んだもの、すりおろしたジンジャーのクッキーなどが山盛りできていた。
 クッキーは、三個ずつの小分けにしてから油紙につつみひもで縛る。
 それを時間が許す限りたくさん作る。出来上がったものは、手提げの籠に入れ、入りきらない分は補充用に別に運ぶ。
 ララは女官の服のままである。ロゼリアは一番地味に見えるグレーのワンピースを選ぶ。
 どうしても目立ってしまう髪は頭から薄手のショールを被る。
 町では日差しを遮るためにそうする娘たちも多い。
 雨季最後の雨が昨夜に降り、今朝から快晴である。

 ジルコンの黒騎士たちは馬を引き、王城の正門の内側で手持無沙汰である。
 王子の正式なお供のために彼らは直剣を腰に挿す。
 黒騎士の正装に身を固めた黒に銀のいでたちは壮観である。
 ジルコンも黒金の礼装に身を包む。馬の胴回しにも金の刺繍が入っていた。
 彼らが待っているのは、王城からの鎮魂祭への捧げもの用に準備した荷台である。
 荷台は5台。
 王城の酒蔵で醸造した酒樽、子供たち用にリンゴジュースの樽、小麦や豆が詰められた頭陀袋、鎮魂祭で使う蝋燭が詰められた箱などが山盛りに積まれていた。それぞれに、エール王家の黒地に金の狼の紋章が入った封が貼られている。
 荷台には幌がかけられ、ロープで上から頑丈に押さえられている。

 くわえて飾り気のない馬車が一台。
 ララとロゼリア、イリスとラディアが乗っている。彼女たちが日差しを避けるために頭からかぶるの刺繍の入った紗のショールである。
 イリスとラディアの服装は本人なりに押さえたとはいえ、街の娘たちとはかけ離れている。
 ジルコンは眉をよせて不快感を示すが、イリスとラディアは満面の笑顔である。

「それだと、裾周りが汚れてしまうかもしれませんよ。お嬢さま方にはお辛い仕事になるかもしれません」
 ララは笑顔でそのまま帰れという言外の意図を伝えるが、イリスとラディアは無視をする。
「ですが、ララさま。ジルコンさまたちは秀麗な騎士姿ですのに、村娘のようなさえない格好のお手伝いを連れているのはちぐはぐではないですか。友人にあうかもしれませんし」
 イリスは自分たちの服装は間違っていないと自信をもっていう。
 彼女たちはすぐに後悔することになったのだが。

 ジルコンは王都にあるすべての学校関係を中心に訪問する予定である。
 初めのうちは良かった。
 貴族や豪商の子息たちが通う学校では、王子一行に同道するイリスに気が付いた者たちに、ちやほやされたからだ。イリスとラディアが用意した箱入りの高価な菓子を彼らに手渡しすると、喜ばれた。
 だが、すぐにララの声がかかる。
 王妃の手によりかかれた分配リストに従って、ララは男たちに指示し、それぞれ運ばせ、それぞれの学校前に作られた祭壇に配置し、花を飾り、ろうそくの箱を決められた数だけ手渡した。
 ロゼリアとイリスとラディアはララの指示により動かねばならなかった。
 その合間に、どこから沸いてきたのか、「死者に哀悼を!生者に菓子を!」という地元の子供たちに、彼らの口に一生に一度もはいらなかったであろう菓子をひったくられるようにして手渡さなければならなかった。

 ひとつを終えて次のところへ行く度に学校の通う人たちの品は落ちていき、足場と治安が悪くなる。

 昨夜の雨のぬかるみにドレスの裾を引きずっために裾は汚れ、荷を担ぐ男が跳ね上げた泥をスカートに受け、子供たちがショールを引っ張ってお菓子をせがまれて、くっきりと泥の手形が高価なショールを台無しにする。
 イリスたちが期待していたような、ジルコンとの会話があるわけでもない。
 ジルコンは、方々で学校関係者や学生代表たちに歓迎を受けていた。
 ジルコンは最後はきまって、鎮魂祭がつつがなく終え、ご先祖さまたちが心穏やかにあることを心より願っている、と締めくくっていた。
 ラディアは途中から気分が悪くなり馬車の中から出てこなくなっていた。
 次は聾唖学校だというところでイリスも根を上げた。


「今日の予定は大体が終えました。ちょうどよい頃合いだと思いますので、先にお帰りになられるのはいかがですか?」
 ララは労いの気持ちを言葉にする。
「どなたか王城までの護衛に黒騎士を付けてもらいましょうか?」
その言葉で決まりだった。イリスはロサン騎士隊長、ラディアはずっと目を付けてた若手のハンサムな騎士を指名し、先に帰路についたのである。



 ロゼリアが盲学校の祭壇に捧げ物の配置のバランスを少しさがってみていた時、後ろからロゼリアの方に歩いてきた人とぶつかった。
 ロゼリアは踏ん張ったが、衝突した中年の男性は後ろに倒れてしまった。


< 185 / 242 >

この作品をシェア

pagetop