男装の姫君は王子を惑わす~麗しきアデールの双子

111、女子トーク

 スクールが再開されて一か月がたっていた。
 鎮魂祭前と比べると参加者は少なくなっていることにロゼリアは気が付いた。
 男子でも二人ほど帰国者はいるが、女子の三分の一ほどというわけでもない。

「どうしてなのかな」
 ロレット、ベラ、レベッカといったいつもの友人たちは、定められたかのように授業のあと用事がなければロゼリアの部屋に来る。
 ロゼリアの部屋は広々として快適。真夏の日差しを避けて、エールの森で冷やされた涼風を感じながら、バルコニーでゆったりくつろぐのに最適だそうである。
ララも心得たもので、今日のような天気の良い午後はバルコニーは、お茶をいただけるように器の準備が整っている。


「それは、それぞれの事情があると思うんですけど、だいたいの方の理由は決まってますよ」
「それはどんな理由なの?」
 ロレットは、指を折りながら名前をあげていく。
「えっと、クレアは同国の貴族と結婚。C国姫は豪商と結婚。それから婚約が決まったのが……」

 ロゼリアはそれを聞きながら眩暈さえ感じた。
 ここに来た時には婚約していた女子たちは誰もいなかったはずである。
 それが三か月もたたないうちに、同年代の娘たちは次々に決まって結婚していったのだ。

「それはすごい。そんな情報どこから得てくるのよ!」
 驚いたのはロゼリアだけではないが、ベラは違う方向から驚いている。
「それは、日頃からの細かなお付き合いじゃないですか?女官たちの噂話、エール国に訪問する者たちの顔ぶれ、そわそわした姫たちの顔なんかみていたら、ぴぴんときます!」
「さすが。もと侍女上がりのお姫さまねえ」

 憤慨するところだと思うが、ロレットは褒められたと受け止めて、ころころと笑っている。

「ロレットは国内で結婚するの?それとも?」
 ずいっとベラは体を乗り出してロレットに聞く。
「お父さまは、いろいろお考えがあるみたい。国内で政権交代に功績のあった有力者に嫁がせるか、それとも外部からの後ろ立てになるような強国の王か王子かと結婚させるかというところだと思う。エールにいる間に決まらなければ、有力者と結婚になるかも」
「王さまだと何番目かの妾妃になるでしょ。フォルス王は、妃は王妃だけだと長年貫いているし」
「今は王妃一筋でも、変わるかもしれないと思ったんだけどそもそも王はこちらにいらっしゃないし、わたしたちが出向くこともないから」

 ロゼリアはその会話の危うさに気が付いた。
 ジルコンの義母になる可能性の話である。
 それはあきらめたようだが、王がスクールの領域に足を踏み込まないのもそのような姫たちの思惑に気が付いているからかもしれない。
 その件に関しては聞こえていたとしても賢明にもララは口を挟まない。

「フォルス王はそうだけど息子は違うかもしれないわ」
 そうさらっと言ったのはレベッカである。
 今日も本を手にして顔を上げずにいう。
 ぎょっとしたのはレベッカ以外のその場にいる全員である。
 ロゼリアはジルコンが自分以外に第二妃、三妃を娶る可能性を一度も考えたことがないことに気が付いた。

「わたしの父も母以外の妻はいなから、ジルコンが複数の妻をめとるかもしれないなど考えたことはなかったわ」
「ジルコンさまは女好きそうな感じはしないので、大丈夫なんじゃないかなあ」
 べラがロゼリアに気を遣ってくれる。
 そういいつつ、レベッカを睨みつける。
「なんの根拠もない慰めはしない方がいいのでは。いずれ王になる強国の王子と結婚することが決まっているのならば、覚悟ぐらいはしておくほうがいいのでは」

「レベッカは夢のないリアリストですね!」
 ロレットは口元を突き出して不満を示した。
「それに違いますよ。フォルス王でもジルコンさまでもないです。他にも有力婿候補がいるんですから」
「婿候補!?」
 三人の声がそろった。

「現在、B国は立場的に最弱国。王家も脆弱です。それをわかった上で後方支援してくれそうなお国柄といえば、戦士の国の……」
「バルト!?」
 ロレットははにかんだ笑みを浮かべた。
「うそでしょ。あの乱暴者のバルトと結婚しようと考えているの!?」
 レベッカもベラも考えていることを溜めてから口にしようと思う気持がない。
「少し、お近づきになってからどうしようかと思うところなんだけど。ねえ、それよりこれ、どう思う?」

 ロレットは持ってきていた包を解き、机にハンカチサイズの布を取り出した。
 シャンパンのような淡い黄金色の光沢がある布である。
 手にするとぬめっとした独特のシルクの手触りで、丁寧に織られたのがわかる。

「これは野蚕から紡いだシルクなの。広くエールで養蚕されているものの蚕とは品種が違う、野生の蚕なの。大体がクズ糸になるのだけど、なかでもほんのすこしは極上の糸なので、それを根気よく紡いだもので、これをB国特産にしようと思っているんだけどどう思う?」


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