男装の姫君は王子を惑わす~麗しきアデールの双子

20、エール国に行くのは誰?③

森には狩人が男たちを引きつれて、森に潜むものを狩る。
猟犬の吠えたてる声が時折聞こえてくる。
それも気が付く度に次第に遠ざかる。
今夜一晩かけて狙う獲物は動物ではなくて人。
迎えに出たアデールの王ごと強国エールの王子を狙った賊の残党。
だが、その成果は上がらないだろう。
賊はその痕跡を消し、この闇深い太古の森から逃れているはずであった。

ロゼリアは城で迎えたアンジュに走り寄り抱きしめた。
何が起こったかすでに聞いているのだろうアンジュの顔はロゼリアに劣らず蒼白である。
アンジュは父王の元に駆け付けたいのを我慢して、ロゼリアが落ち着くまで震える背中に腕をまわして抱きしめてくれる。
「ロゼリア、何があったか説明して欲しい」
姫の姿のままのアンジュに促される。

賊がエールの王子を狙ったこと。
エールの王子の背中を守っていた父王がおそらく王子を守って腹に矢を受けたこと。
騎士たちは残忍で、賊をほぼ全員返り討ちにしたこと。
唯一生きていた若者は、パジャン国のラシャール王子の命で動いたということ。
そして、ロゼリアは何もできない不甲斐なさをジルコン王子に指摘されて、逆上し、剣をその喉元に突きつけてしまったこと、、、、。
再び入れ替わるのならば、ロゼリアが体験し感じたことは、アンジュが知っておかなければならないことだった。

「あいつはアデールを馬鹿にして、信用していない。そんな傲慢な奴をわたしは初恋の人、夏の思い出としてずっと胸に大事にしまっていたんだ」

無言で聞き、しばし熟考していたアンジュは口を開いた。
エール国の一行がアデールを信用できないのはもっともであること。
賊が森に潜んでいたことにアデール国が関与しているかもしれないこと。
王子の言うように、森の道を整備する必要があるのに怠っていたこと。
中立を建前としているはずのアデール国は、すでに草原の国を束ねるパジャン国と通じているという疑いをエール国は抱いたこと。
もしアデールとパジャンが通じていることが明らかならば、エール国としては粛清に取り掛かるかもしれないということ。
森の国のその森が、すべて焼き尽くされるかもしれないこと。
だから、その疑いを払拭するために、父王はもういないとわかっても大々的な賊狩りを行うこと。

だから、アンジュには口にはしないがわかっている。
ロゼリアの初恋の人が思うような男ではないからとといって、妻に所望されるならば、この事件が起こる前であれば辞退することも可能であったかもしれないが、今となってはもう断ることはできないであろうこと。

「絶対に結婚は嫌だ、、、、」
ロゼリアはアンジュの胸に顔を押し付けた。
アンジュの口に出さないことはロゼリアには伝わっている。
「ロゼリア、断れないよ、、、なぜなら、彼の妻になることの意味は、、、」
エール強国の人質。
パジャンとの繋がりがないことを理解してもらうためにも、父王はエール側が望むならば、アデールの宝石である美しき愛娘を差し出さなければならないのだ。

治療を終えてベリル王はベットから体を起こしていた。
腹に受けた矢の傷が深刻なものかもしれないと、周囲を不安にさせる顔色の悪さだった。
セーラ王妃が王のベットの横につく。
アンジュとロゼリアも呼ばれていた。
ロゼリアは、まだアンジュの服を着る。
それは王の血と埃で汚れたままである。
アンジュもロゼリアと交換した女物の服を着たままだった。その豊かな金髪を高く結び背中に流している。
アンジュが姫に、ロゼリアが王子に入れ替わっていたこと。
王の部屋に入った二人を見てかつてのように入れ替わっていたことを、賊の襲撃にロゼリアがあったかもしれないことを、即座に王妃は知ったのである。

そして、その王の寝室には、きれいに体を清めたエールの王子、ジルコンと彼の騎士隊長ロサンが招きいれられていた。

王の傷の見舞いの口上。
残党狩りの成功を望んでいること。
アデールの猟犬はよくしつけられて素晴らしいようだということ。
王国は古きよき生活を連綿と守り継ぎ、それは森と平野の国の原点をとどめていることをうれしく思うこと。
そういうたわいもないことをジルコンは言う。
彼はなかなか本題にはいらない。
ロゼリアをあざけった傲慢な欠片も見せない、礼儀正しい王子を彼は演じている。
一通り社交儀礼を終えると、ジルコンはようやくそこにいることに気が付いたかのように、埃にまみれるロゼリアを見た。

「先ほどは緊急事態でわたしの態度も大人気がなかったと思います。せっかく迎えにきてくださったのに、ご無礼なことをいたしました。あなたの美しい妹姫をご紹介いただけますか?」

ロゼリアの隣でアンジュはびくりとした。
アンジュの女装はまだ解いていない。
なぜならば、ロゼリアが男装を解ける状態ではなかったからだ。
ジルコンの言う妹姫とはアンジュのことなのだ。
ジルコンは、アンジュがおずおずと差し出した手の甲にそっと口づけし、狙った女を確実に落としてきた甘い笑みを浮かべ、その顔を見た。
姫が、王子と鏡で映したかのようにそっくり同じ顔をしていることに満足する。
アンが男女の双子は似ても似つかないことがあると言っていたのがひっかかっていたのだ。

ジルコンは手を抜くこともできず、顔を赤くして唇を震わせるその姫を、美しいと思う。
彼女が初恋の女の子だという実感があった。




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