男装の姫君は王子を惑わす~麗しきアデールの双子

126、雨乞い祈祷 ⑤

「体術ではなくてワルツを。戦わなければならないときがあるのなら、俺が守ってやる。あなたは、女子なのだから……」

ジルコンは手を伸ばしてロゼリアの肩を掴む。
ロゼリアはその懐に体を低くしてぶつかるようにして潜り込み、ジルコンのジャケットの襟を取って引いた。
ジルコンの視界が大きく回る。背中から地面に落とされた。

「背負いなげられた……」
ジルコンは衝撃に呆然と夜空を見上げる。
だがその目には満天の星など映っていない。疑惑と疑念と煩悶にジルコンはあえぐ。
完全に油断していたとはいえ、こんなに鮮やかに体が浮を浮かされたのは久しぶりだった。
差し出されたロゼリアの手を掴んで起き上がる。その目はロゼリアの顔から離れない。

「思い出して。ジルコン。あなたはわたしは誰というけれど、あなたの目には誰に見える?」
ロゼリアはジルコンが完全に立ちあがるのを確認すると、掴んだその手を振り払う。
後ろに下がって間合いを取った。
何もしかける様子がないジルコンの顔にめがけて回し蹴りを入れる。
それは体をそらされすかされる。それも計算済みで、距離を詰めて踏み込むと同じ位置に回し蹴り。
何度も何度も繰り出し、ジルコンを追いつめる。

たまらず、ジルコンは次の蹴りをかがんで避けるとロゼリアに飛び掛かった。
体ごとロゼリアを地面に倒す。
だが、ロゼリアの身体はジルコンの腕と肩と胸のクッションがある。地面にたたきつけられたわけではない。

ロゼリアは、身体をよじりその腕から逃げようとする。腕だけではなくて足も絡みつき、ロゼリアを逃さない。
ロゼリアは頭を後ろにふった。後頭部を背後のジルコンの顔に叩きつけた。ロゼリアの動きを封じる桎梏が緩んだ。
その隙を逃さず、ロゼリアはジルコンから逃れ身体を入れかえる。
今度はジルコンの上からのしかかり、体重をかけてジルコンを押さえつけた。
寝技の勝負になる。体格差がある相手には寝技の勝負は不利である。

だがしかし、勝負ははじめから決まっている。ジルコンはロゼリアを自分の身体から力任せに振り落とすことはできない。ロゼリアを地面に叩き落とせなかったのと同様に。
痛そうに鼻を押さえて、その目はロゼリアをじっと見つめていた。

「アメジストの雫が一滴落とされた青灰色の瞳。その頬は男にしては甘さが残る。短くなっても光を凝縮した滝のような美しい髪は変わらない。なんでもがむしゃらに頑張り、世間知らずなのに世界を知らないと俺に挑発されれば、俺の手を掴んで共に学ぶといった。同じ顔。同じ姿。俺は、アデールの森で、向こう気ばっかり強い王子を俺の国に連れ帰った。俺たちを見てセーラ王妃の横で震えるだけだった姫を残して。俺がつれかえったのは、確かにこの瞳。ずっと、王都でも俺はその瞳に魅せられていた。がむしゃらに突き進んではおれの友人たちに反感を買いながらも、めげずに努力した。アデールの田舎者の王子は周囲を巻き込んでいった。俺のアン。俺の愛。あなたは、アンジュだ」

鼻を押さえていた手が伸びてロゼリアの耳から頭に差し入れ髪をすかそうとする。
ロゼリアの髪は短くてすかせるのはわずか。
何度も何度も差し込まれた。

「わたしはロゼリアよ」
「いや、俺が間違えるはずがない。あなたとロゼリア姫は横に並んだからよくわかる。泉での暴力事件の後に、ロゼリア姫が訪れ、一緒に劇場へ行った。その時の姫はもっとずっと落ち着いていた。同じ顔なのに、俺の心はわきたつことはなかった。女だし結婚するには何一つ障壁などないのに。だから俺は、婚約を解消した。アンジュへの想いを手放せなかったから。時間が必要だと思った。それなのに、ここに残るという常識ではあり得ない決断をした同じ顔をした姫は、俺の思い込みを吹き飛ばす前向きでパワフルな女で、周囲を巻き込んでいき、俺も巻き込まれて……。突き放してもあらがっても、手放せないと思った。いや、俺は今、一体誰の話をしている?」

ジルコンは混乱している。思考の流れを言葉にし、その言葉を聞いて、さらに迷宮に迷い込んでいくようだった。

「帰ったはずのアンジュが、ロゼリア姫として入れ替わったのか……?男なのに姫として……?同じ顔だからわからなかったのか?いや、男が女のふりができるはずがない。頭に本を乗せていた時、滝まで泳いだ時……。泳いだ時は女だった。体のラインを俺は見たし、その身体の柔らかさを感じた。アンとロズは、二人して王城に滞在していて、ある時はアンが、ある時はロズが俺の前に現れているのか?自在に入れ替わっているとでもいうのか?」

 触れる震える手が、首から胸に移動する。
 その胸の存在を確認するために鷲付かんだ。
ロゼリアは痛みに顔をゆがめた。

「ジルコン、ごめんなさい。アデールには最大の秘密がある。わたしとアンジュは16まで公に、本当に男女を入れ替わっていたの」
「たとえ本当に入れ替わりが行われていたとしても、もう16の誕生日は過ぎたはず。なら、アデールの森で俺が出会い連れてきたのは誰だというんだ」

「わたしよ。あの時はもう姫にもどっていたのに、我慢できずにアンジュと入れ替わった。わたしにはそのときそれが、普通だったから。いきなり姫にはもどれなかった。はじめからわたしはどの瞬間もあなたと共にあった」

「そして、ロゼリア姫として女としてスクールに参加したのか?信じられない。そんなことがあるはずがない。アンジュは男であり、ロゼリアは姫だ。確実に、この手で……」

「いえ、ジルは、アデールの王子であったわたしの身体を暴かなかったわ。暴けば女だとわかったはず。アンジュは男ではなかったの」

ジルコンはとうとう言葉を失った。
付き添いの姫や黒騎士、楽団は動かない二人に戸惑いざわめき始めている。

「ジルが体術ができないのであれば、着替えてワルツにしましょう」

ロゼリアは身体を起こし手を伸ばした。
その差し出しされた手をジルコンは拒絶したのだった。



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