男装の姫君は王子を惑わす~麗しきアデールの双子

36、絢爛な王子たち①

早めの朝食を終えた者たちが会場入りしている。
隙のない絢爛な衣装に完璧な笑顔で彼らは再会と健勝を喜び合う。
固い握手が交わされる。
ジルコンは、握手をする者事に彼らの国の天候のことや、作物の出来、彼らの親兄弟のことなどをきく。
そうしているうちに、後から入ってきた者たちもその輪に加わり、社交場と化す。

彼らは10代でありながら、礼節をわきまえて、衣装だけでなくその挙措動作は整っていた。
利発に目をくりくりさせる小柄な王子が軽やかにジルコンに近づいた。
ディーンのように真っ赤に燃え上がるような髪をした大柄な王子もいる。
彼は体だけではなく顔の造作も大きく手も大きい。
ロゼリアの師匠のディーンの出身国はもしかして彼の国なのかもしれないとロゼリアは思う。
淡水パールのイヤリングに金の鎖を垂らし、貝殻の螺鈿で装飾し淡く輝く白いベルトを締める王子もいる。
何かしら彼らにはその身を飾る目を引く特徴があった。
たちまちジルコンの周りには輪ができた。
そして、その中に入ろうとしてはいれないおっとりとして気弱げな表情を浮かべる王子もいる。

くっりとした目の小柄な王子はフィン。
彼の腕には繊細な銀細工のブレスレットがある。
大柄な赤毛はバルド。
その腰に目を引く実戦的な太刀が下げられている。
淡水パールはラドー。
鮮やかな羽を編み込んだベストのエスト。

ロゼリアはジルコンが彼らと交わす会話の中で、彼らの出身国とその名前を頭に刻み込む。
ノルの国は上質なルービーを産出する。
フィンの国は銀を産出しその加工には定評がある。
バルドは質実剛健な戦士の国。
ラドーの国は淡水パールの養殖に成功させていた。
エストの国は、艶やかな鳥の育種を輸出し、闘鶏は貴族も嗜むという。

ジルコンの隣にロゼリアはいるが、彼らの会話にひとことも口を挟めない。
ロゼリアは完全に彼らの意識の外だった。
はじき飛ばされてもおかしくないような勢いである。
ジルコンを取り巻く彼らのなかでも知らない者もいるようで、彼ら同士の初見の挨拶が行われている。
そして、彼らが身に付けているものを指して、そこから何か会話が繋がっている者たちもいる。

ふわっと濃厚な、バラの香りがロゼリアの鼻をくすぐった。
息を吐いても鼻の奥に絡みつく麝香の淫靡な香り。

「ねえ、君はジルコンの新たな小姓かなにかなの?君も一緒に過ごすのかな?」
距離感なく顔を近づける男からロゼリアは身を引いた。
細かにうねる肩までの銀髪、整った顔立ち、涼し気な目元には特徴的なほくろがあり、香りから見た目から甘さを漂わせている男。

彼はロゼリアを小姓という。
ロゼリアは喉を詰まらせた。
ロゼリアは王子には見えないのだ。
それは田舎の王子だからというのではなくて。

アヤが、ロゼリアの初日の服をみて、それだけですか?と不満げに言った理由は、今まさにここにあった。
アヤが不満に思ったのは、ロゼリアの選んだ機能的でシンプルな服装が、絢爛豪華な王子たちのなかにおいて見劣りするからとか、砕けすぎではないかというところではないのだ。
これでは、アデールの王子として足りてないのだ。

エールで仕立てた服にはアデール国の特徴がない。
従者や小姓と間違われるのも当然なのだと思い知る。

彼らは、自国を表す象徴的なものを身に付けていた。
学びに来るのに、腕に重い銀細工の腕輪をつける必要などない。
ぶつけたりひっかけたり、じゃまなだけな大きなルビーの指輪をこれ見よがし好んでつける者はいない。

ロゼリアを小姓というこのうねる銀髪の美男子の国は、優れた蒸留技術や香料を持ち、香水を作る技術に優れているのだろう。

アデール国は貴重な赤の染料で知られているが、森と平野の国々の中には、その染料の鮮やかさの噂を聞いていても実際に見たことのない者もいるかもしれない。
なら、ロゼリアはアデールの赤で染めた何かを身に付け、その美しさを誇示するべきであったのだった。
田舎者云々よりも、自国を代表する一人として、ここに参加することの自覚の欠如とでもいうものだった。
ロゼリアは己の意識の低さを思い知る。
それは決定的な落ち度である。
初日から大失敗したのだった。

尚もロゼリアの顔をよく見ようとした甘いマスクの男を、ジルコンは遮りロゼリアから引き離した。
「ウォラス!相変わらず元気そうでなによりだな!みんなにも紹介する。彼は、アデール国のアンジュだ。今回から参加することになった。いろいろ教えてやってくれ!」

その場にいた全員の視線がロゼリアに集まった。
完璧な笑顔であるにも関わらず彼らの目は全く笑っていない。
底光る、値踏みをする目である。
そしてロゼリアにくだされた評価は無残なほど低いのだ。
思わずひゅっと首をすくめたくなる。
ロゼリアは握手を交わしていく。
笑顔が引きつっていないことを祈りながら。
ロゼリアの手は恥ずかしいほど汗をかき冷たかった。


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