男装の姫君は王子を惑わす~麗しきアデールの双子

38、絢爛な王子たち⑤

開会の挨拶はジルコンである。
会場には50名ほどの者たちが集まる。
彼らの前に立ち、一人一人と目を合わせながらさらりと手短に話す。
森と平野の国々と、草原の国々の者たちは教室にまるで見えない仕切りがあるかのように右と左に自ずと分かれている。
ロゼリアは、壇上のジルコンの確保した席の横である。

「、、、短いながらも我らが共に学び生活をすることにより、生涯に渡る固い友情の礎になると期待している!」
ジルコンは締める前に、ラシャールにも発言を求めている。
ラシャールもさらりとこの勉強会に期待するところが大きいし、学び以上に互いを知ることが重要だとも思っていると伝える。

二大勢力の実質トップの王子たちの向いている方向は同じであった。
ジルコンはがっつりとラシャールと抱き合い、その仲の良さをアピールする。
これは無駄な軋轢やいがみ合いは互いに避けろという派閥トップからの命令のようなものであった。

ロゼリアは改めてジルコンの意気込みと、その行動力に他者を巻き込む影響力に感服せざるを得ない。
ここに集まるそうそうたる面々をみれば、その実力は明らかだった。
敵対勢力とみなされているパジャン国のラシャール第一王子がここにいることもその一つであり、このような取り組みが行われていることも知らなかった辺境の自分が今ここにいることも何よりの証左だった。

ジルコンは自分の後を引き継ぐ担当講師とスクール全般の警護責任者を紹介し、壇上を降りた。

眼鏡を掛けた若いエール国の文官ユリアンは彼らの前に立つ。
緊張にどもりながらも、もうご存じかもしれませんが、と前置きをして、生活の注意点や問題があったときにすぐに連絡が欲しいことなど夏スクールを過ごす上での注意点をおさらいする。
彼が授業の進行、王族たちの生活の手助けをするようである。

護衛の責任者のスアレスは厳しい顔をした若者である。
このスクールと宿泊棟は安全は何重にも確保されていること。
参加者には武器の帯刀は装身具扱いとして認めているが、実際にその剣を抜くことなどがあれば、即時取り押さえ、その理由の如何によってエール王城退去となることも伝える。

厳しい口調であるが、普段は直接話すこともない諸国の王子たちを前にして、ことさら虚勢をはっている様子がうかがえる。
ユリアンもスアレスも20代の半ばである。
ジルコンは徹底的に若者を使うことにしているようである。

戻ってきたジルコンにロゼリアはこそりとつぶやいた。
スアレスの注意事項が続いている。
「ユリアンもスアレスも若いね」

ジルコンはロゼリアに、挑戦的な目を向けた。
その人選を批判したと思われたのかとロゼリアは咄嗟に思う。
だがジルコンが挑戦的に見たのはロゼリアではなかった。
もっと別の大きな、既存勢力だった。

「その感想はもっともだな。俺も彼らは若いと思うよ。ユリアンもスアレスも既存の制度の中では上に立つにはもう10年、ヘタしたら20年下積みを続けなければならないだろう。
だが、その時には、生来もっていた彼らの良さが、やすりで擦られるように削り落とされてしまっているだろう。
俺は、優秀だが同じ顔をして同じ考えをする金太郎飴のような者たちはいらない。
それよりも、こいつと見込んだ者にはどんどんチャンスをやる。
責任を与え、やらせてみる。そうするうちに、彼らは問題に直面し、悩み、己の頭で考えざるを得なくなる。
その結果の失敗も成功も、役にたつ経験として彼らの中に積み上げられていく。
完璧なものを欲しがるよりも、これからどう伸びるかわからない未完成のものの方が、よっぽど面白いと思わないか?」

「僕をここにつれてきたのも、、、」
「そうだ。危なっかしいぐらいに未完成だから。だから、俺は期待している」

そう言うジルコンはその目元を緩ませた。
ロゼリアは先ほどからずっと、自分の王子としての未熟さ、足りなさを思い知りいたたまれない気持ちでいたのだった。
それをジルコンは慰めてくれたのだと気が付いた。
そしてジルコンは自分自身にもいつも言い聞かせているのかもしれないと思う。

「だがな、いつまでも成長しないヤツは馬鹿者のレッテルを貼られるぞ。
失態は、挽回していけばいいだけだ。これから正式な自己紹介が行われる。
さきほどのちょろっとした非公式のものではない。参加者全員に向けた自己アピールの場だ。
それをどう生かすかは、あなた次第なのではないか?」
その通りだとロゼリアは思う。
ロゼリアはにわかに涌き出た生唾をこくりと飲み下したのである。

再びスアレスから後を継いだユリアンは、一人づつ自己紹介をするようにお願いをする。

ある者は慣れた様子で、ある者は少しびくつきながら、自分のこと、国のこと、家族のこと、中には趣味のこともまで話をする。
持ち時間は10分程である。自己紹介にしては長い。
次第に集中力が切れてくる者もいる。
退屈な話が続くときはあくびを生殺したり、隣とこそりと雑談する者もいる。

だが、ロゼリアは背筋を伸ばし、名前を呼ばれて壇上に登る者を食い入るように見る。
もうスクールは始まっている。
会話の内容と国の特徴を記憶に刻み付ける。
時に記憶にイメージを利用することもある。
疑問に思ったことはメモをする。
それをみてふふっとジルコンが笑うのも構わない。

今回の参加者は50名。
ロゼリアの順番は突然に来る。
10分の持ち時間は話し始める前は長いように思えるが、いったん壇上に立ち話だすと短いものである。

アデールの森と泉の魅力、アデールに来たら訪れて欲しいスポットなど話す。
調子に乗ってくると、最近聞いてショックを受けたざれ唄の話をする。
妹はそんなにおしとやかでもなんでもないんだ、と歌と現実との乖離を言うと、どっと笑いを誘う。
彼らも何かしら経験があるようである。
俺たちは、美化されるかコケ落とされるかどちらかだよな、と口々につぶやかれている。
ロゼリアは上気した頬で席に戻ると、ジルコンはまあまあだな、という顔をして迎える。
ようやくロゼリアにほっと笑顔が浮かんだ。

ロゼリアが終わっても自己紹介はまだまだ続く。
初日は参加者の自己紹介だけで終わったのである。

平和への願いが込められたこの取組が成功するかどうかは、6か月に渡る夏スクールを、ロゼリアを含めて彼らがいかに過ごすかにかかっているのであった。





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