男装の姫君は王子を惑わす~麗しきアデールの双子

42、球投げ勝負 ①

ロゼリアの話相手は、学友たちが避ける限り必然的に講師が多くなる。
授業の後に、壇上から降りて教室の外にでようとする講師を目指し、ノルやエストたちの横をすり抜けて質問に行く。
己の中に納得のいかない中途半端な答えを一晩かけて考えてもその答えを発表する場がないのであれば、前回の講義の問であっても、ロゼリアの答えを聞いてもらおうと思ったのだ。
直接聞けば、全員を巻き込まなくて済む。
彼らには終わった問題でも、ロゼリアには終わっていないのだ。
初めのうち、講師はまだ考えていたのかと呆れるが、ロゼリアの真剣なまなざしに付き合ってくれる。
食らいつく生徒は可愛いものであるようだった。
それは白髭の重鎮も同様で、立ち話をさせるつもりか、と言いながらもロゼリアに付き合ってくれる。

そして、いつの間にかロゼリアは一授業に一度は発言を許可されるようになっていた。
講師の視線も、ロゼリアに据えられ続けるときもある。

その時もロゼリアは授業の後の質問を終えて急いで荷物を取りに席に戻るときだった。
次の授業は外での体を動かす時間だった。
振り返りざまにロゼリアは巨体にぶつかり、勢いが付いている分跳ね飛ばされた。
「うわっ」
ぶつかった衝撃で後ろ倒しに転びそうになるところを、誰かがロゼリアの背中を受け止めてくれる。

「悪いっ」
そう反射的に詫びたのは巨躯のバルト。
ロゼリアが弾かれたのにも関わらず彼の体幹はゆらぎもしていない。
バルトの周囲には、ノル、フィン、ラドー、エスト、そしてジルコンがいる。
バルドは肩越しに誰とぶつかったかを確認する。

「大丈夫か?」
ロゼリアの背中を支えているのは、立て襟のラシャール。
ロゼリアの目を覗き込む。
「あなたはいつも誰かにぶつかっているんだな」
ラシャールは言う。
「そう何度もぶつかってはいないよ」

ラシャールはその答えにふっと目を細めた。
笑われたと理解する前に、ロゼリアは自分の足で立たされた。
ラシャールはロゼリアとぶつかりながらもそのまま行こうとした相手を呼び止めた。

「バルド殿。人にぶつかっておいて助けもせず、それだけなのか?森と平野の国に礼儀はその程度なんだな」
「なんだって?」
ゆっくりとバルドは振り返る。
ラシャールとバルドは向かい合う。
「別に転んでもいないのだから、それ以上何ができるっていうんだ」
「わたしがいなければ彼は床に転んでいただろう。なら彼にきちんと謝罪をし、それを助けたわたしに感謝の意を伝えるべきではないのか?」
「俺はぶつかったことに対しては悪いと謝った。これ以上、言うべき言葉はない」
ふんと、ラシャールは鼻で笑う。
「言葉よりも態度が気持ちを雄弁に語ることもわからない者がいるんだな」

バルドとラシャールの睨み合いに、エール側の者たちもパジャン側の者たちも気が付いた。
ノル、フィン、ラドー、エストが振り返る。
パジャン側もラシャールの横に何人か立ち、彼らはぎりぎりとにらみ合った。

「ちょっと、ラシャール、僕は大丈夫だから。ラシャールには感謝しているよ」
その間に挟まれてロゼリアは背中に冷たい汗が流れた。
ラシャールを押さえようとする。

「あなたに対する態度は目に余るではないか?中立であり、エール側から距離を置かれているのであれば、あなたはパジャンに来るといい」
ラシャールは穏やかに言いつつも、ロゼリアの肩に手を掛けた。
だがパジャン側に引かれようとするロゼリアの腕をつかみ、引きとどめたのはジルコン。

「ラシャール殿。生憎、申し訳ないが、この後の外の授業ではアンジュはこちらのメンバーに入れさせてもらっているんだ。バルトが礼を欠いていたというのなら謝らせよう。バルト!」

ジルコンに強要され、バルトは歯を食いしばり顔を真っ赤にさせながらもラシャールに謝罪する。
ロゼリアを間に挟み、その場を形だけでも取り繕ったラシャールとジルコンは、穏やかな表情で向かい合った。

「ということなので、いい加減彼を離してもらえないか?」
「ああ、申し訳ない」

ラシャールの手がロゼリアの肩から離れた。
ロゼリアは反動でジルコンに引き寄せられてしまう。
ジルコンとラシャールは互いから目を離さない。
穏かな表情とは裏腹に、つかみかかってもおかしくないような目つきで二人はにらみ合う。


「外の授業は球投げだったな。大きく二つに分け、それをまた二つに分けようと思ったのだが、いっそのこと、わたしのチーム対あなたのチームで勝負することでいいか?」
ジルコンはいま思い付いたかのように言う。
ジルコンのチームにロゼリアも入っている。

「もちろん。いい勝負をしてくれるだろうと期待している」
ふたりはふっと笑い、二つの陣営の緊迫した糸が切れた。

エールとパジャンの勝負はこの後の球投げの勝負に持ち越されたのだった。



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