男装の姫君は王子を惑わす~麗しきアデールの双子

43、球投げ勝負 ④

味方をアウトにされたた球は地面を転がり、ラシャールが拾う。
下から掬い投げるようにラシャールは、低めの玉でノルを狙う。
飛び上がってよけようとするがノルが当てられアウトとなる。
アウトを取り合いながらも、子供の頃の遊びでさらに競技まで高められた経験値の差が、たちまちパジャンを追い詰めていく。

その差は、内野と外野とのパスの連携だった。
ひとりふたりと、内野のパジャンが当てられ外野に出されていく。

初めの5分は最後までカウントしないうちに、パジャン側が全員アウトを取られ、エールの勝利である。
エール側が勝利に沸くなか、ラシャールは腕を組み渋い顔をしながらアリシャンたちと短い反省会をする。
休憩は1分。
数人が入れ替わり、勝負は再開される。
それを試合ごとに内野の10名の選手を交代させながら、10試合を続けるのである。

パジャン側は、エール側の作戦であった内野と外野とが連携することを覚えると、パジャン側の者たちの、型にはまらない変則的な形で繰り出される玉に、たちまちエール側も翻弄されアウトを取られていく。

フル出場のラシャールの玉は低く、受け止めようとかがむと、その体勢では弾いていしまうのだ。
アリジャンの玉は回転がかかり、受け止めたと思ったら腕の中から飛び出す。
ラシャールに対抗し、ジルコンと剛球で圧倒するバルトもほぼフル出場である。ジルコンは外野と連携するのがうまい。
当てると見せかけパスをして、外野の背面からアウトを取っていくのである。

「アン、次もでられるか?」

短い休みに汗を拭き頭から水を被るジルコンは、ロゼリアに聞く。
いつの間にか、女子たちが白熱した勝負に水やタオルを持って出てきていて、試合に出ていた男たちに水やタオルを手渡していた。
ジルコンは別の娘から手渡された二つ目のカップを、ロゼリアの顔にかけた。
「うわっぷ」
驚き、頬にかかる水を払うと、ジルコンはうわっぷの叫びに笑いながら、首に掛けていたタオルですかさず顔に押し付け乱暴にふき取った。
ジルコンは他にも水をかけている。
熱を冷ますためだが、完全に遊んでふざけていて、かけられた方もわかっているのだ。
すでに彼らは汗だくで、水を被っても大差ない状態で怒るのも馬鹿らしいのである。

ロゼリアは実はジルコンやバルト並にフル出場している。
エール側の王子たちが投げられた球を受け止めようとして失敗しアウトになっていくのと対照的に、球を取らずによけ続けているからだ。
パジャン側が変則的といっても、彼らのそれぞれに投げ方の癖や、狙いたくなるポイントがあるようで、それを瞬時に判断し、まず狙われないようにし、狙われても玉の筋を読み避けるのだ。

そして、味方の誰かが受け損ねて、浮き上がった玉を地面に落ちる前に取ることにも集中する。滑り込むようにして球を拾って、シャツは汚れてしまうが気にしない。
ロゼリアがそうやって球を拾い、アウトのものをセーフにした回数も、一試合に何度もある。
そうして、5分の終了時には自陣にロゼリアは残り続けていて、その生き残った者たちは次の試合に出ることになりその結果、ロゼリアはめざましく活躍しないけれども、勝利に確実に貢献しているということで試合に出続けることになったのである。

「おい、逃げるばかりで軟弱ではないか?まともに勝負に加わったらどうだ」
そう言ったのはバルト。
同意の表情のノル達の視線。

だが、そのロゼリアの後方支援作戦にもパジャンも黙ってはいない。
5試合目ぐらいから、機敏に逃げ回り確実であったはずのアウトをセーフに変えていくロゼリアを、試合の早い段階でつぶす作戦へと、パジャンは切り替えたようだった。

敵陣の、球を持ったラシャールが鋭い目つきでロゼリアを見る。
背筋を凍らせる狩人の目だった。
さしずめロゼリアは草原のウサギのようなものか。
ロゼリアが避けるとラシャールの玉は外野に渡る。
ロゼリア狙いで、避けるのを予測しながらも勝負の玉であり、外野へのパスの玉だった。
一杯に後ろに引いていたロゼリアは、殺気を感じて振り返る。
そこにはしてやったりで細い目を輝かせ笑みを浮かべ、勝利を確信したアリシャンがいて。
ごくごく至近距離から狙われる。
ジルコンのよくする戦術である。

考える前に咄嗟に体が動く。
ロゼリアは横跳びに飛び退った。

その先には誰かの体があってひどくぶつかってしまう。
うわっと、二人はそれぞれくぐもった叫びをあげ、もつれるように地面に転がった。

「痛あッ、、、」

ロゼリアは、顔を押し付けていた濡れたシャツから慌てて顔をあげた。
シャツが張り付いたその下には、細身ながらもしっかりと筋肉が付き、弾んだ呼吸と心臓の拍動が生々しかった。

相手の手が背中にまわされロゼリアはしっかりと抱えられている。
その相手はジルコンだった。
もう片手で乱れた黒髪をかき上げた。
思いもかけず間近にある曇り一つない澄み渡る青空のような青い目に、ロゼリアの心臓が跳ね上がった。

「痛いのは俺の方だと思うのだが?」

ジルコンはとっさに自分の体を下にして、地面にぶつかる衝撃を回避したのだ。
ジルコンは背中を地面に、腹にロゼリアを受けて顔をしかめている。

「ごめ、、、、」

慌ててジルコンの胸を押さえ上体を起こした。
胸の筋肉の盛り上がりを手のひらで感じてしまう。
下半身はジルコンにのしかかったままである。
この体勢はあり得なかった。
かあっとロゼリアは真っ赤になったのである。



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