男装の姫君は王子を惑わす~麗しきアデールの双子

44、エリン国のベラ ①

ロゼリアは、たいていは早めに夕食を取り、風呂が込み合う前に入ることにしている。

浴槽は大きく洗い場も数個あり複数人入れる造りではある。
秘密がばれないように、「使用中利用不可」の札を立てて、他の人が入れないようにする。
込み合う時間帯にそれをすれば、戸口の外で待つ順番待ちの者たちも出てきてしまう。
それを避けるために、毎日欠かさない風呂は、早くか遅くかの空いた時間帯を狙うようにしていた。

ロゼリアの他の王子の何人かも一人で入ることを好むものもいる。
風呂の扉に「使用中利用不可」ではなく「使用中」だけの札の場合は、自由に入ることができる。
どちらかというと、王子たちは幼少からかしずかれることに慣れているために、他人の目を気にしない者が多いようであり、ロゼリアは少数派であったが、そのことは誰の気もひかないようである。

その日も、早めの風呂に入るために、早い時間帯に食堂へ行く。
既に、湯気をあげる多国籍の料理がカウンターに並べられている。

ロゼリアは食事に対するエールの料理人たちの力の入れように、毎回感心し、少しずつ気になるものを試しては、存分に舌鼓を打っていた。
昼間の込み合った席でもロゼリアに話しかける者がほとんどいない寂しい食事ではあったが、スクール参加者に提供されるその食事の内容には大満足であった。

あの、野外の球投げ勝負以来、ロゼリアは昼間の込み合った時間帯に空いている席に座っても邪険には扱われなくなっていたが、先に座るロゼリアの席の隣にあえて座ってくるものはいない。

そうすると、そのロゼリアの隣の空いた席に講師の先生が座ることも多くなる。
身分はどうであれ、ジルコンはこの夏スクールの間、ここに集まった者たちはただの学生に過ぎないということを徹底している。
気難しい白髭の重鎮や、その他の他国からの白皙の講師がロゼリアの隣に座る。

ロゼリアは授業中の物おじせず積極的に参加する態度や、打てば響くところもあり、初参加ながら目を引く生徒の一人であった。
そのロゼリアがもくもくと一人で食事をしている姿を目にすると、吸い込まれるように講師たちは声を掛けたくなるようである。

講師たちだけでなくて、ロゼリアに声を掛けようかどうしようかと迷うような素振りを見せる学生も多くなっているこの頃であったが、黒騎士たちとのように、一気に人間関係の改善とはいかないようであることを、ロゼリアは思い知らされていたのであった。

その日の夕食の食堂には、ロゼリアのように時間をずらして食べる者がちらほらいる。
ロゼリアが入るとさりげなくロゼリアの方に視線が送られ、視線を合わせる間もなくそらされる。
視線を送った者たちの中で、ロゼリアと一瞬ぱちりと視線が合った娘にロゼリアは狙いを定めた。

今日こそ、自分から同席のお願いをする。
大体こんな時間に食事を摂ろうとするものは、大人数でわいわい騒いで食事をするのを好まない者たちがほとんどだと思うのだが、だからといって、誰とも話をしないのは辛いのである。
それは、この数週間でロゼリアは痛いほど感じている。
どんな些細だと思うことでも、現状打破をするのだと決めたのであった。

「こんばんは。エリンのベラさん。夕食をご一緒してもいいですか?」
ロゼリアが笑顔で近づいていくと、猛烈に拒絶のオーラをエリンのベラは醸し出すが、声を掛けられてしまいベラはしかたなくふくよかな頬にひきつった笑みを浮かべた。

「こんばんは。わたしのことをご存じなのですか?アンジュさま」
「アンジュでいいよ。知っているよ。いつもおいしそうに食べているので気になっていたんだ。あなたこそ僕のことを知っていてくれて嬉しい」
「あれだけ野外の競技で活躍されたのですもの、さすがに覚えますわ」

食堂はセルフで自分の食べたいものを選ぶ形式である。
ベラがいつもおいしそうにほおばる姿は可愛いと思う。
だが、ロゼリアには気になることがある。

初日に自己紹介をしてみんなの前にたったエリンのベラは、細身とは言えないが目の前にいるベラよりも一回りはほっそりとしていたように思うのである。
ふっくらした頬に、白々とした二の腕は、このスクールで彼女が毎食を積み重ねる内に急激に蓄えたものである。
授業や女子たちの中ではその発言や容姿の華やかさでは目立つわけではないベラではあったが、確実に横幅では目立ち始めていた。

何を選んだの?とロゼリアはベラの前の皿を見ると、ベラは途端に顔を輝かせた。

「ここの食事は本当においしくて、片端から試してみたくなるの。
最近のお気に入りは、この中に炒めた豚肉を包んで蒸した白パンの、肉まんですわ。
毎回、具材が数種類用意されているのですよ。時には白ではなくて茶色のパンもあって、それはそれはおいしいのです。




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