銀色の指輪 (Sin scene0)
 誰もが避けるような長時間重労働の仕事を彼が選んだのには理由があった。
 家族に祝福もされず、結婚式を挙げる事も叶わない彼女に、せめて結婚指輪を贈りたい。
 その為に彼は朝早くから真夜中まで働いた。毎日現場監督から罵倒されくじけそうになった事もあるが、彼女の喜ぶ顔を夢見て耐えた。
「よくやったよ、あんた」
 最終日、半ば呆れた笑顔で屋台の主人は彼を褒めた。
「日雇いなんだから途中で辞める事も出来ただろうに」
「彼女の為ですから」
 そう言って、満面の笑みを浮かべた彼は小さな袋に入っている銀色の指輪を見せる。
「どこの店も門前払いでなかなか売ってくれなかったんですけど、無愛想なお爺さんがやっと相手にしてくれて。名前彫ってくれたんです」
「幸せそうだな、リウ」
「ええ、最高に幸せです。愛する人に愛されて、側に居られて」
 それに、と彼は付け加える。
「僕、もうすぐ父親になるんです」
 それが、最後まで頑張れた理由の一つかな。
 泥で汚れた頬を幸せで緩ませ、彼ははにかみながらそう言った。


 ――それが、彼の最後の笑顔になった。


 愛しい彼女と息子が待つ家に帰る途中、彼は大規模なデモに巻き込まれた。
 彼と同じルージャ移民達が、アイル政府の抑圧や差別に反発して起きたデモ。鎮圧するために派遣された警備隊が彼らと睨み合う。
 自由を、基本的な権利をこの手に。
 力には力で。暴力には暴力で。
 突如、対立する両者の間に張り詰めていた緊張を銃声が引き裂き、悲鳴と怒声が飛び交った。
 逃げ惑う人々、耳をつんざくような叫び声。あちこちに出来る赤黒い水溜まり。

 騒ぎが収まった時、彼の意識はすでに無かった。
 警備隊が発砲した銃弾に貫かれ、逃げ惑う人々に踏み付けられて、彼は死んだ。
 愛する人の名を呼ぶ事も、未だ見ぬ息子の未来を案じる事も許されずに。
 道端に落ちている紙屑のように片付けられた彼の右手には、『必ず帰る』という約束を守れなかった無念と、彼女の左手を飾るはずだった銀色の指輪がしっかりと握られていた。


《End》
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