人生は小説に似て奇なり
 午前五時、出張先のホテル。穏やかに眠る美少女の横で、俺は愕然としていた。


 ベッドの端に座り、足をぷらぷらさせている少女。その横で、俺は必死に記憶をたどっていた。
 昨夜クライアントと大揉めし、ヤケ酒した事は覚えている。しかし、いつホテルに戻ったのか覚えていない。まして、何故見知らぬ少女が隣に寝ているのかなんて!
「俺、君にひどい事しなかった?」
 祈るような気持ちで問う俺を見つめ、少女は首を傾げた。長い黒髪、日焼けとは違う浅黒い肌。ビー玉みたいな青緑色の瞳。
 俺は暗澹たる気持ちで溜息をついた。記憶に無いとはいえ、酔った勢いで言葉の通じない少女を襲うなんて最低な男じゃないか!
 がっくり俯いていると、肩を叩かれた。
「アナタ、ヤサシイカッタヨ」
 少女は片言の言葉でそう言った。
 ヤサシイカッタって、どういう意味で。人道的な意味か、それともベッドの上でか。考えただけで自責の念マックス。
「アナタ、パンクレタ。カワイソテ、オイデテ」
 絡んだ前髪の間から、ふと覗いた愛らしい笑顔。
「――」
 俺の知らない言葉で何か言い、少女はニッコリ笑った。

 午前七時、コンビニで飯を買ってきて二人で食べた。握り飯を美味そうに頬張る少女を横目に、俺は今後の身の振り方を考える。
 交番に連れて行くのが一番妥当だろう。幸い彼女には言葉が通じないから、迷子だった事にすれば万事オーケーだ。
「君、パパとママは?」
 一応聞いてみた。ところが、少女は俯いて首を横に振っただけ。
「やっぱ交番行きか」
 そう呟いた時、少女は俺の袖を掴んだ。食べかけのおにぎりを左手に持ったまま、少女は消えそうな声で言った。
「タダヨシ、ト、イル」
「え」
 袖を掴む手に力が篭り、彼女は涙目で繰り返した。
「タダヨシト、イル」
 何故だろう。縋るようなその右手を無理に引き剥がす事は、俺には出来なかった。
 その夜、言葉の通じぬ異国の少女を連れて、俺は帰宅した。

 彼女が記憶の無い『密輸品』だった事や、逃げてる最中に俺に出会った事、あの時彼女はありがとうと言っていた事などを知ったのは、同居して数カ月後の事だ。因みに、あの夜彼女とは何もなかったという。心の底からホッとした。
 その後、執拗に彼女を追う悪党から命からがらの逃避行を重ね、波乱怒涛の十数年を越えて……今彼女は俺の奥さんだったりする。
「物語はやっぱりハッピーエンドじゃなきゃ」
 ちょっぴり大人びた笑顔で、彼女は笑った。


 了
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