もう二度ともう一度

「反響」

早川が修学旅行から家に帰った夕方、テーブルに自分宛の手紙が何通も置かれていた。
 母は買い物かなにかでいない。

「なんだこりゃ?」

 送り主は様々で、全国各地から来ている。内容は全て「靴を作ってほしい」と言う依頼だった。
 その内の一通からわかった事は、一ファンとして例の俳優に送り付けた靴を彼はとても気に入ってくれた様で、それを昼のトーク番組で話しのネタにしたそうだ。
 そこから口コミや問い合わせた人が同じ物を、または自分オリジナルのデザインの物をと、手紙を早川に送ったのだろう。

 疲れて寝て、翌日の昼に起きて郵便受けを見てもまた入っている。

「おいおい、俺は靴屋じゃないぜ・・」

 はっきり言って構っていられない、野々原と同じ高校を受けると言う約束もある。一介の受験生の自分にそんなヒマは無いのだ。

「面倒だが、断わりのハガキ書くか・・ん?・・はい、早川です」

 そんな時、けたたましく電話が鳴った。住所から電話を探り当てた、靴制作の依頼人だった。

「はぁ、でもわざわざお電話までしていただいても、ボク靴屋ってワケではないので・・」

 普通フルオーダーすると、手間賃だけで五万円は下らない。それがこんなに湯水の如くジャンジャン注文が来るのだから、テレビは凄い。



「来てしまった・・」

 いくつかの材料と、わかりやすく足の写真の入った手紙を持って隠れ家に来てしまっていた。
 他人に期待されると言うのは、そんなに悪い気はしないモノだ。
 元々、サービス精神旺盛な彼らしい行動かもしれない。

「まあ、あんだけ作って慣れたし・・一日一足ぐらいはやれるかも知れないし」

 そう一人ブツブツ言いながら、木片を削り出す。回転するヤスリで、機械的にザッとそうする。
 とは言っても、神戸で見学した時は樹脂製で本来ならもっと時間が掛かる。現在なら3Dプリンタが使われている様な作業だ。
 そこから、簡単に刃物で指や側面を調整する。早川はこれを手作業で殆どピタリと合わせてしまう。
 高度な技術を持つ寿司職人はシャリの米粒の数が毎回ほぼ一定と言われる。それに近い何かしらの職人の勘の様なモノだろうか。

 「よし、しばらく固めよう」

 底に当たる、いくつかの複合材料を接着した段階で、もう三足は段取りが付いた。ここまでで半日ほど掛かった。
 この辺り彼のこだわりで、古い靴があれば更に理想に近づく。歩き方のクセがわかるからだ。
 例えば表面の加工も、中央側面辺りは出来得る限りで柔らかく作る。そうすれば素足に近い感覚が得られると思ったからだ。

「小人でもいりゃいいが、またおふくろに怒られる」

 それに関しては、中身が大人の彼の日頃の行いが災いしていた。



「はいはい、気をつけるよ。ありがと」

 昨夜、こっそりドアを開けて布団に潜り込んだ。母親は朝も自分で起きないそんな息子を乱暴に起こして弁当を持たせた。

「本当に、遅くまで遊んでばかりで!」

 まだ何も話していない。まさか靴を作り続けているとは母親も考えが及ばないだろう。


『次は、底に空気を溜めてフイゴみたいに吹き出す快適装置とか試してみたいな・・』

 底部分に空間を作り、ポンプ式に内部に空気を取り込めないか?そんな風に考えていた。
 まだまだ試してみたいアイデアもある。教室でそれらのプロトタイプのモニターを見つめていた。
 高見真知子だ。しかし、もう用意は出来て誕生日に手渡すのを待つばかりの野々原と違い、彼女に関してはプライベートはまともに知らない。
 好きな色や形もわからないし、もっと言えば元の身体の人物もどこの誰かも知らない。
 中身に関しては、去年から妙に感覚的ではあるが重なる人物がいなくも無いが。


「まさかな・・」

 魂のコピーや分割が、可能であるなど彼には信じられない。
 しかし、自分の存在もまた信じられない様なモノだ。そこに気付いていたら、もっと早く誰かわかったハズなのだが。


 放課後、先行した三足が完成した。とりあえず第一陣として出荷される。次の注文の品に掛かる前に、使う人の生の声も聴きたくて、ミシンは高見真知子の為に忙しく音を立てていた。
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