冷徹御曹司は初心な令嬢を政略結婚に堕とす
婚姻届を用意したのは現実と向き合い冷静に話し合いをしてもらうためだったが、燻り続けた庇護欲は、彼女を己の腕の中で守りたいと暴れ出し――彼女を、強引に娶っていた。

だというのに、澪は、そんな独善的な俺と必死に向き合おうとしてくれている。

『……宗鷹さん』

不意に、彼女に初めて名前を呼ばれた日のことを思い出す。
それが今では、名前を呼び合うことも日常になったのだから驚きだ。

あの時は思いがけず訪れた僥倖に胸がいっぱいになって、口元がにやけそうになるのを抑えるのに必死だったな、と苦笑してしまう。

いつか妻になる彼女を癒すために、リラックス効果のある精油を揃えた日はいつだっただろうか。
末永く健やかでいてもらいたいと、栄養について学び、料理教室に通った日もあった。

それを彼女に伝えるつもりはないが……。
彼女には、これからも俺の過保護な溺愛を甘んじて受けてほしいと思う。

ふと、ベッドの中の澪が身じろぎをする。

「……ううん。うーっ、うーっ」

それからすぐに、逃げられない何かと必死に戦うような声が響く。
回数は減ってきてはいるが、彼女は今だに魘され続けている。

「澪……。大丈夫だ。もうひとりじゃない」

撫でてやりながら耳元で優しく囁いて、彼女の頭を枕からそっと俺の腕に移す。
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