ビッチは夜を蹴り飛ばす。

 
「へー! こんな所に住んでるんだ! 前から配達や迎えに来るたびオシャレだなーとは思ってたけど、中もとっても素敵だよ! ナイスセンスだね、メイ!」

「あ、ありがとう…」


 語学留学の学校で知り合ったトニーは学生の中でもピカイチで日本大好きで唯一日本語を流暢に喋れるからあたしと仲良くなってくれたわけだけど、ほんと毒っ気ゼロだ。日本だったらスタボとかで働いてそうな景気の良い男の子で、茶髪で目は青いから見掛けはめちゃくちゃ外人だけど犬みたいだし男って言っても心配するようなことは全くない。

 そりゃハグとかはするけど海外でハグなんて挨拶だし、女の人とちゅっちゅしてた硯くんに規制かけられる筋合いないんだけど、ってむっとしかけてふるふると顔を左右に振る。


「適当に座ってて。飲み物何がいい? トニーコーラ好きだよね」

「お構いなく! 実はここの大家のマリーさんとは僕も面識あってさ、この辺りでも近年稀に見るフトコロの深さっていうの、メイは本当に人を見る目があると思うよ。実はハワイ下調べしてたんじゃないの」

「違うよ。家は、そのあたしが選んだんじゃないんだよね」

「あ! じゃあやっぱり選んだのって」


 そこまで会話してかたん、と廊下から届いた音に振り返る。そして部屋から出てきたその姿(・・・)に一気に血の気が引いて飛び上がった。


「こんにちは」

「エッ…」


 自分の部屋から出てきた他の誰でもない(・・・・・・・)硯くんに、しかもなんかいつもよりよそ行き仕様で服も髪も自然体なのにエフェクトかかってる硯くんの胸ぐらを掴んでトニーの目が捉える前に玄関先まで叩き出してばん、と扉に押さえつける。


「(なんでいんのなんでいんのなんでいんの)」


 用事は!? って聞いたら昨日済ませた、ってそれだけ落ち着いたトーンで返ってきて改めて目の前にある圧倒的美貌にひくっ、って喉が鳴る。

 家にいるときなんか大体裸眼で眼鏡かけてるのにばっちりよそ行きカラコン付けてるしピアス付けてるし髪の毛ワックスつけてるしなんかいい匂いするのなんでなんで、かっこいいっていうかもう綺麗の域まである、本気出すとこ間違ってるよ硯くん、って見惚れてたら「メイ!」って後ろから呼ばれてばばっ、て隠せないのに硯くんの前に出れば目を輝かせて興奮気味のトニーが廊下に立っていて。


「その人…」

「あっ、あっ、えっと、えっとこの人は」

「前に言ってた〝お兄さん〟だよねっ!?」


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