ビッチは夜を蹴り飛ばす。
夏の終わりの話だ
「あっ! すーずりくーん! どしたの朝から!」
「シフト出しに来たんです」
「人いないから入ってくれるかな?!」
「嫌です」
えーっ、と女子高生みたいな反応をする店長を無視で明るい店の奥へ進んだらバインダー用紙に希望日と時間帯を記入する。
硯くんあの子戻ってきたらすぐ夜戻っちゃうんだから、とかボヤく声を聞き流していたらコンビニの外をスピーカー音を張り上げた選挙カーが通り抜ける。
《───会社や公私共に、立場の弱い女性が虐げられる社会を我々が改変しなくてはなりません。
性差別反対! 男女平等、格差のない社会を築くために私達はいつでも彼女たちの声になりたい。その為に皆さまの力をどうかお借し頂きたい》
「出たーっ、三浦恒正! かぁっこいいよね見た目もシュッとしててイケオジって感じでさぁ、実は同い年なんだよ僕、えらい違いだよね! 街頭演説も目標志向が良いって見てよあのギャラリー」
よっ次期都知事有力候補、などの声や拍手喝采、車を追うようにまとわり付く女性のギャラリーを目で追っては店長に辿り着く。
「僕も次の選挙は投票入れるなら三浦さんかなって思ってるんだ! 硯くんは誰に入れるの」
「さぁ」
「だめだよ、投票は国民の義務なんだからこれからを担う若者こそちゃんと考えとかないとー。ねえちょっと近くで見たいから一瞬店番してくれない硯くん」
「じゃあおれ帰ります」
「硯く────ん!?」
待ってよ、と呼び止める声も無視してくぐり抜けた自動ドアから届く軽快な入店音。
暑くて、その熱と油蝉の声が煩わしくて振り払うように歩き出した。
父は優しかった
男手一つで仕事を抱えながらそれでも決まっておれとの約束を守る姿に焦がれていた
大切だった。家族だった。