ビッチは夜を蹴り飛ばす。
 

「てか、そのアタッシュケース何?」


 さっきからあたしが黙々とアイスを食べている内に、硯くんは橋の下に倒れていたドラム缶を運んできて川の近くに設置していたりしていた。

 まだ残暑厳しくて、珍しく暑そうにしてる硯くんに手伝おうかって言ったのに無視されるし。いつものことだけどね。で、あたしを迎えにきた時から気になってたのは手にしていたアタッシュケースだ。映画やドラマなんかで見るようなそれに、まさかなあ、と思ってたら容赦なく蓋が開く。

 で、ドドドとマジもんの札束が出てきて思わずぎゃーっと悲鳴をあげた。


「何このお金!?! 硯くんまさかいよいよ!!」

「ちょっとこの中に入れんの手伝って」

「人殺したの!?」

「カリカリ君食べたよね、鳴」


 人に見られる前に口じゃなくて手、動かそうかと爽やかに笑われて泣く泣く青筋を立たせながらドラマ缶の中に詰めていく。そこには既に枯れ木や新聞紙が入っていて、アタッシュケースの中の全てを入れたら何処からともなく取り出したライターに火をつけてそのままぽい、とドラム缶の中に放り投げた。

 パチパチ、と火が灯る音に、あわわ、と座り込む。

 それにつられるように硯くんも程なくして隣にあぐらをかいて、帽子を外して髪の毛をちょっとばさばさしてからまたキャップを被り直した。


「…鳴、今日のワイドショー見た?」

「ワイドショー? ごめん寝てた。硯くんインタビューでも受けたの?」

「…いや」


 どゆこと、と小首を傾げるあたしに、あぐらをかいた硯くんのブレスレットに目がいく。黒で光がついてるタイプのやつ。欲しーなくれないかなーって狙ってたらその手が石を掴んで川に投げる。


「…おれさあ日本人ですらないそうよ」

「え? じゃあなにじん?」

「わかんない。韓国とか、台湾とか、多分ごちゃ混ぜ」

「そっか。だから硯くん綺麗な顔してんだね」


 しゃがんでふわ、と笑ったら、硯くんがちょっと驚いたみたいにあたしを見る。


「ナカジが芸術作品みたいな顔って言ってたよ」

「…なんだそれ」


 はは、って軽く笑う硯くんがいたから、ナカジがいなくても救われた。あたしのせいでナカジが夏休み明けを待たずに学校を辞めてしまった事実があっても、その笑顔があったから救われた。
 油断したら涙が出そうで、笑いながら少しくって眉間に皺が寄ったのを、でもたぶん硯くんには気付かれていたと思う。


< 60 / 209 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop